第8話に続く第9話。
神々の宿る島
バリ島だけはインドネシアの島々の中でも異質の存在だった。
インドネシアで唯一ヒンドゥー教徒が多数を占めるバリでは、毎日島のどこかでウパチャラ(儀式)に出会う。
ウブドでは王族のプレボン(葬式)にも参列した。ルンブーと呼ばれる黒い牛の棺に遺体を入れ、パレードをした後に群衆が見守る中で火葬する。
宗教が日常生活に深く根付いて独特な文化を持つバリの雰囲気と、絶えずどこからか聞こえてくるガムランの音色は一種のトランス状態を生み出して、我々のような外部の人間にはより強力な非日常感を抱かせる作用があるようだ
オレが何よりも驚いたのが、貸し切りだと思っていたインドネシアにこんなにも沢山の観光客がいたということ。
「他の島とは違ってバリは安全だからね」
バリの人々はそう言っていたが、まさか3年後の2002年に死者202人を出す爆弾テロが起こるとは思ってもいなかっただろう。
ビーチガール
バリのビーチボーイは、タイのプーケットと並んでよく知られた話だ。
2009年のドキュメンタリー『Cowboys In Paradise』は、そんな彼らと“ロマンス”を求める西洋や日本の女性たちを描いている。
ビーチボーイの主目的は『体』と『お金』の二つ。
「年とってる女」とは、30前後からを指すらしい。
クタの町中をビーチボーイと一緒に歩いた時に色々と説明してくれた。
『日本人の女が金を出して建てた家』というのはステイタスとまではいかないとしても…どうやら自慢ポイントにはなるらしい。そんな家がクタには沢山あった。
でも、どうやってお金を出させるのだろう?
色々なパターンがあるそうだが…例えば、少し結婚に焦り出す年頃の女なら“ロマンス”の際にわざとコンドームの先を爪で破るとか。
妊娠したらこう言うそうだ。
外国人が異国で過ごすには絶対に避けては通れないのがビザの問題だ。そのビザの問題もあり、子供を産むために日本に“一時帰国”(女性側はそのつもり)している女に『家族で一緒に暮らすための家を建てるお金』を要求する。
どのみち二人の子供が生まれ、私は彼と結婚するのだ。家族の新居をバリに建てるお金を親から借りてでも工面する。「お父さんお母さんがバリに遊びに来た時の部屋も…」とか何とか言えば、家はどんどん大きくなる。
家を建てた後に女がバリに戻って来てもビーチボーイは結婚しない。結婚して配偶者ビザを取れなければ、女はただの観光客だからそのうちにビザが切れてインドネシアにはいられなくなる。不法滞在してまですがりついてきても通報すれば国外退去に出来る。
最初から結婚する気がなかったという場合もあるし、実際にはインドネシア人の奥さんがいてそもそも結婚がムリだったという場合もあるようだが、1つのパターンとしてこんな方法もあるという話だった。
損得で結婚する場合もあるらしいからケースバイケースみたいだけど、いずれにしても女性が思い描いていた結婚生活とは程遠い現実が待っていることになる。
学習する先例は腐るほどあるのに、なぜ後から後から『日本人の女が建てた家』が増えるのか…きっと誰もが信じたいのだ。
「この人だけは違う」と。
アユ
あまり知られていないが、実はクタにはビーチガールもいる。売春婦とは別だ。
例えば…写真の彼女は名前をアユと言う。けっこうベタなバリ女性の名前で、確か「美しい」という意味だったと思う。
彼女はクタ・ビーチで「ミチュアミ、ミチュアミ(三つ編み)」と客引きすることを主な生業にしている。南国のビーチに行くとなぜか髪を三つ編みにしたがる観光客の謎の行動があるから、彼女のような『ミチュアミ師』という仕事があるのだ。
オレがクタ・ビーチで仲良くなったサーファーからサーフィンを習っていて、生まれたての小鹿のようにプルプルしながらサーフボードに乗っていた時にアユと知り合った。
最初に言ってしまうと、アユの主目的はオレからお金を巻き上げてバリに家を建てることではない。オレと結婚をして日本の配偶者ビザを取得し、混乱の母国から逃げ出すことだ。
最初の頃はアユにナイトマーケットに連れて行ってもらって飯を奢ってもらったり、バイクに乗せてもらって色々と連れて行ってもらったりして、仲良くなっていった。
そんなある日のこと、彼女はオレのコンパクトカメラを“間違って”持って帰ってしまった。
そのカメラを届けるため、という口実でアユはオレが借りていたコテージに定期的にやってくるようになる。ちなみに、毎回「忘れた」と言って持ってこないので会う口実にするための人質ならぬモノ質であったことは明白だ。
正直けっこう回りくどいことをしているように感じていたが、彼女なりに『自分が軽い女ではないことのアピール』とか『純粋な恋愛を演出』するための作戦なのだろう。
ある夜、彼女はアラックを持ってコテージにやって来た。バリのアラックはココナッツから作る蒸留酒で、アルコール度数は35度くらいある。『酒の力を使って理性を失くしておこう』的な保険かと思われる。
何だか盛り上がる風な演出までしてくれた末に、アユたっての希望で避妊なしでやった。
皆さまご存じ、NOと言えない日本人の権化であるオレは「あ~、そっちのパターンか…」と気が付きつつも「どうなるんだろ?」という興味もあり言われるがまま。
アユはAVを見て研究しているらしく日本人女性の反応を一生懸命に日本語で真似していて、逆に引いたのを覚えている。あれはどういう計算の元の作戦だったのか?は、ちょっとよく分からない。あまり良い作戦だとは思えないんだけど…
後日、大体予想していた通りの展開になった。
日本の実家の住所をさりげなく聞いてきたりとか、ここに持ってくるまでに逃げを封じるために色々と保険をかけたりして頑張っていたが、微妙に詰めが甘いというか…
まだ1カ月も経ってなくね?みたいな。
作戦のリスクを考えると、ピルを飲んだりと自分自身への保険もかけてるはずだし。
そして…
オレはバンコクで女にトイレに流された1代目に続き、モノ質になっていた2代目カメラを見捨てることにして…
逃げた。