第7話に続く第8話。
ケニアの首都ナイロビから、エチオピアとの国境モヤレを目指して移動する話。
オープンカー
開放感溢れる憧れのオープンカーで気になるあの人とデートに行きたい!
そんなあなたにおススメなのがケニアが誇る邪悪な乗り物ローリーである。
ソフトトップ(幌)を手動で開け閉めできるので、アフリカの風を感じながら砂漠をドライブデートできるぞ♪
ローリーこそが究極のオープンカーだ。
複数台で連なってドライブするのは、日本で言うところのWデートみたいなもん。
家畜の水場を巡って部族間の武力衝突が多発している地域を通るのでコンボイ(隊列)を組んで走ることをあちらではWデートと呼ぶとか呼ばないとか。
情勢次第では警察や軍の護衛が付いたコンボイデートが楽しめる。
文字通り全身で風を感じながらデート中の会話も盛り上がりそうだが、残念ながら会話は不可能だ。運転席と荷台では物理的に会話が出来ない。
さて、クラシカルでエレガントなローリーの車内を見ていこう。
荷台後部には段ボール箱に入った商品が積み上げられ、前部の乗用スペースには親切なことに床に砂糖袋が敷き詰められてフワフワのカチカチ。
荷物と人間のどちらが大事か?そんなことは幼稚園児でも知っている常識だが、あえておさらいしておこう。
人間より荷物の方が大事!!
主役はあくまでも荷物であり、人間ごときのおまえなんかは「乗らせて頂いている」身であることを忘れるな。段ボール箱を凹ますようなことをしたらこっぴどく怒られる。
乗用スペースの砂糖袋の上には、味のあるというか…汚ねぇビニールシートを敷いてあるから否が応でも雰囲気が盛り上がるぞ!
日中は基本的に屋根の鉄パイプに座って過ごすが、夜になると全員が荷台に降りて来る。
オープンカーデートで幌を閉めて車中泊ともなれば、重なり合っちゃたりなんかしてムフフな時を過ごすものだが、それはローリーとて一緒だ。
日中は鉄パイプに乗っていた大人たち20人が全員、夜になると極狭乗用スペースに降ろされ幌が閉められる。足を伸ばす余裕などないので、体育座りをしてギリギリ全員を詰め込める。
日中を屋根の鉄パイプで過ごす理由は、この荷台の乗用スペースの狭さだ。
あちこちで「おまえの足が邪魔だ」と言い合いになりながら、まさに重なり合って眠る。
馬鹿の一つ覚えのように「アフリカ?暑いでしょ?」と言う奴がいるが、そういう奴は標高の違いによる気温の違いを知らないし、砂漠の夜の本当の寒さを知らない。
ローリーで2回目の夜を過ごしたマルサビットの標高は1350mあり、夜の気温は1桁台まで下がるのでダウンジャケットがいるが、バスに乗る気満々でTシャツ1枚だったオレは歯をガチガチさせながら隣の男に「頼む!抱かせてくれ!」と抱き合って夜をしのいだ。
幌を閉めても隙間だらけのローリーで、重なり合って抱き合ってガッチガチの車中泊♡
ローリー車内のテイストは方向によって違う。
エチオピアへ向かうローリーは、段ボール箱や袋詰めされた加工製品がメインで、言うならばシティ派な雰囲気。
逆にエチオピアから向かってくるローリーは、原料や家畜がメインで、言うならばワイルドさを売りにしている。
東アフリカの牛は恐ろしく角がデカい!
ローリーの貨物が牛だった場合は牛と牛の間の隙間に混載乗車することになるが、頭に凶器を生やしている牛同士で喧嘩になると巻き込まれて文字通り血を見る羽目になるのでせっかくのドライブデートも台無しである。
すべては牛次第。
ドライブデート中にトイレに行きたくなっちゃう時もあるだろう。
そんな時はローリーを道のど真ん中に止め、右は男子、左は女子。
ジェンダー配慮ってやつだ。
遮るものなど何もない圧倒的開放感の中で好きなだけ用を足せ!
「トイレタイムだ。好きなとこでしろ」
トイレタイムでは用がない人も両側が見えてしまう荷台から降りるのがマナーだ。
移動ルート
さて、そんな皆の憧れであるオープンカー、ローリーで旅したオレのルートがこちら。
標高1800mのナイロビを出発したローリーはイシオロまで約300km北上する。
イシオロまでは舗装道路だったが、ローリーだと8時間もかかった…
イシオロから先、エチオピアとの国境にあるモヤレまでの砂漠を縦断する道路は約550kmの未舗装道路になる。
地平線まで続くまっすぐな砂利道を1日ひた走ると、やがて最大の難関マルサビット山に入ってゆく。
石がゴロゴロ転がっている山道で、坂でローリーが登れなくなった。
通りすがりの大型トレーラーに引っ張ってもらい、さらに荷台の乗客たちも強制労働に駆り出され、大きな石を退けたりローリーを押す羽目に。
こっちは金を払って乗ってる客だって? 主役はあくまでも荷物であり、人間ごときのおまえなんかは「乗らせて頂いている」身であることを忘れるな。
ひとつの坂を越えるだけで2時間かかる。
今度は雨のせいで泥沼と化した道路の真ん中で、大型トレーラー(左)とトラック(右)が止まって道路を塞いでいた。どうやら泥にハマって動けなくなった大型トレーラーを追い越して行こうとしたトラックも、途中で動けなくなった模様。
道を2台のトラックが塞いで通れないため、ここで2回目の夜を過ごした。
気温1桁の中、吹き荒ぶ冷たい風に晒されながら荷台でTシャツ1枚「いかん…マジで凍え死ぬ!」と男同士抱き合いながら夜を耐えた場所だ。
服を取り出すためになんとか自分の荷物を探し出そうとはしたが、満載になった荷物のどこかに埋もれてしまって行方不明だし、人間もギュウギュウ詰めなので空間的に動き回れるだけの余裕もない。
早朝7時、乗客全員が荷台から降ろされ大雨の中をマルサビットの町まで歩かされる。
降っている雨で埃だらけになった顔と手を洗った。
ローリーが泥道を抜け出してマルサビットにやって来くるのを待ち、再びローリーに乗って山を下り、また砂漠を1日かけてひたすら北に向かう。
ソロロという小さな町で3回目の夜を過ごすかどうかという話になったが、運ちゃんが「どうしてもモヤレに辿り着きたい」と言って、夜10時を過ぎていたが最終目的地モヤレまで走り通すことになった。
運ちゃんも、急いでいるのが分かる。
ただ…ソロロとモヤレ間の道路が極悪であった。泥でグチョグチョだったり、「それって道路じゃなくて岩の表面じゃん」みたいな道を、遅れた時間を取り戻すかのようにブッ飛ばす。
ところが、もうちょっとでモヤレに着くのに!というところで大問題が発生。
大型トレーラーが横転して道を完全に塞いでしまっている。既に他のトラックやローリーなど8台が『明日の朝までここで待つ』モードに入っており、荷台に蚊帳を張って寝ている奴までいる。
だが、オレの乗っていたローリーの運ちゃんはどうしてもモヤレに到着したかったらしく、大胆な行動を取りだした。
荷台の乗客を全員降ろし、道路脇に突っ込んで激しく飛び跳ねながら荒地を暴走。列を作っている8台と、横転している大型トレーラーをむりやり追い抜いた。
この後が大変で…
それを見ていた『明日の朝までここで待つ』モードだった他のローリーの乗客たちが「オレもあのローリーに乗りたい!」と暗闇を走ってしがみ付いてくる。
うむ、明らかに乗客の数が倍近く増えている…狭いっ!!
当然、懐中電灯で1人1人顔を確認され、放り出されたり、金を取られたりしていた。
バスのチケットを事前に購入し、バスに乗る気満々で行ってみたら…
待ち受けていたのはなぜかローリーという『ローリー詐欺』に遭い…
渋々ローリーに乗ってナイロビを発ってから実に足掛け4日…
地獄の55時間を耐えてようやくエチオピアとの国境モヤレに到着した。
よろめきながらゲストハウスにチェックインし、真夜中ではあったが頼んでバケツ1杯の水をもらった。
見るとバケツの水にはボウフラがわいていたが、もはやそんなことなどどうでもよかった。
バケツに頭を突っ込んだら、あら不思議?!一瞬で水がカフェラテに変わりボウフラは見えなくなった。
過去と現在
さて…そんなイシオロ・モヤレ間道路の2024年現在がこちらである。
動画の(0:55)にオレが知っている道が出てくるが、もはや過去のこと。
全面ハイウェイ化がまもなく完成に近づいている。
クソッ!!
オレは苦々しく思いながらこの動画を見た。
中国の援助でむっちゃくちゃキレイになっとる!!今からここを通る人は、もはやオレと同じあの地獄の苦しみを味わえなくなっちゃったじゃないか?!
ただ…当然と言えば当然の話だ。
イシオロ・モヤレ間の道路は別に秘境でも何でもない。ケニアとエチオピアを結ぶほぼ唯一と言ってよい大動脈である。さらに言えば、トランスアフリカハイウェイ4号線(通称ケープタウン・カイロ・ハイウェイ)の一区間でもある。
逆に言うと、そんなルートなのに今まであんなに酷い悪路だったことが異常だった。
たぶん…今までのエチオピア国民の購買力を考えるとケニア側で巨額のインフラ投資をする費用対効果が微妙だったけど、アフリカで2番目に多くの人口を抱える孤高のエチオピア市場が成長してきて、インフラ投資してまで東アフリカ経済圏に組み込もうと本気を出すくらい魅力的になってきたのかも。
エチオピアに市場としての旨みが出てきて、イシオロ・モヤレ間も整備するか!みたいな。
ちなみに、イシオロ・モヤレ間のハイウェイ化工事はかなり大変だったようだ。
家畜の水場を巡ってボラナとガブラの間で手榴弾や迫撃砲を使った部族間武力衝突が起こり、道路工事の現場も襲われて工事車両を燃やされたりして、何度か工事がストップしている。
たぶん…何事もなければイシオロ・モヤレ間のハイウェイは今年には全面開通し、オレのローリー旅は二度と同じ体験ができない過去の出来事としてやがて消え去る。
ただし、ローリー自体は未だに健在のようだ。
動画の(2:39)に、見たことのない舗装道路を走る見覚えのあるローリーの姿が…