第8話に続く第9話。
ケニアから国境の町モヤレを通ってエチオピアに入った。
移動に次ぐ移動
あれ?おかしいな…
ナイロビからモヤレまでの55時間ローリー移動で完全に心が折れたオレが…
てんこ盛りに積まれた荷物の上でてんこ盛りになっている40人ほどの乗客に混じってトラックの荷台に乗って山を越え、谷を越え、川を越えている。
し、しんどい…
すでに心が折れた状態でエチオピアに入ったが、長期休養に入れるほどの“安住の地”はそこになかった。
これが国境モヤレから首都アディスアベバまで1週間かけて移動した経路だ。
モヤレ→(バス)→ヤベロ→(トラック)→コンソ→(バス)→ジンカ→(バス)→アルバミンチ→(バス)→アディスアベバ
蛇口をひねると水が出て、24時間電気が使えるようになったのはアルバミンチからだ。
夜のアルバミンチで、ナイロビ以来1週間以上ぶりに街灯を見てちびりそうになった。
横浜でガス灯を見て文明開化に驚いてちびりそうになった幕末生まれの日本人くらい「これが夜明けぜよ!」ってなった。
水も出ない、電気もまともに通っていないところで長期休養はできん。
オモ渓谷
心が折れているにもかかわらず、モヤレから首都アディスアベバに直行しなかったのには理由がある。
UNESCO世界文化遺産に『オモ川下流域』として登録されているオモ渓谷に寄り道していくことにしたのだが、思っていた以上にモヤレから向かうのは大変だった。
刻みたくて刻んだわけではない。細かく刻んで移動するしか行く方法がなかったのだ。
オモ渓谷への玄関口はジンカという田舎町になる。
ジンカで四駆をチャーターしてオモ渓谷にあるマゴ国立公園を目指した。
オモ渓谷をさらに南西へ行けば、ケニアと南スーダンが領有権を主張する帰属未確定地域イレミ・トライアングルがある。
ひたすらに続く悪路を往復7時間走った。
道の状態が悪いこともさることながら、道中のツェツェバエの群れからの襲撃が大変だった。
ツェツェバエはアフリカにしかいない吸血ハエで、アブやブヨみたいなもん。
予防薬やワクチンがないアフリカ睡眠病を媒介する吸血ハエで、“睡眠病”という大したことなさそうな名前をしているくせに、もし治療しなければほぼ100%死ぬ。
アフリカ睡眠病の唯一の予防はツェツェバエに刺されないことなのだが…
刺されまくり!!
あれだけ群れで来られたら刺されないことなど不可能。車内で殺しまくったのだが、手が血だらけになったところを見るとどうやらすでに吸血済みのようだ。
でも、安心して欲しい。
オレが未だに死んでいないということは、マゴ国立公園のツェツェバエは原虫寄生虫を持ってないっぽい!
検問
マゴ国立公園内を含むオモ渓谷には様々な部族が住んでいる。
アリ、ハマル、バンナ、ツァマイ、スルマ、メカン、ニャンガトム、ムルシなどなど…
どの部族かは知らないが道中に“検問”があり、槍や鉈で武装した男たちに車を止められ、通行料と称してカツアゲされた。
オレは車だけチャーターして個人で行ったが、どうせオモ渓谷に行くならツアーの方が絶対に良いと思う。個人で行くより色々見て回れるだろうし、通行料などの交渉事も自分でしなくて済むからツアーの方が楽そう。
彼らの縄張り内に入る時に値段交渉をして、実際にそのお金を払うのは出る時なのだが、いざ払う段階になって急に倍額を要求されてトラブルになった。
いや…入る時にその半分の金額でお互い合意してましたよね?
勝手に反故にするやり口はよろしくないですよ、と軽く抵抗はしてみたもののムダだった。手に鉈を持った男が、真っ赤に充血させてバッキバキの眼で「さっさと金出せや、おらっ!」と顔を近づけてきたら普通に怖いから払っちゃう。
チャーターした車のドライバーも「ここでは彼らが法律だから」と諦め顔。
眼バキバキ鉈男に60ブル(当時約790円)カツアゲされた。
ムルシ
そんな“検問”を通り、さらに奥に進むとムルシの集落があった。
ウガンダのエフェ・ピグミーとは違いその男はキングを名乗らなかったが、いかにも村長風な男が近づいてきて入村料30ブル(約400円)を請求された。
集落に入っていくとムルシたちが大合唱で出迎えてくれる。
トゥー!トゥー!トゥー!
電話の話中音を模しているわけではない。
「さぁ、私の写真を撮って2ブル(約26円)払え」という意味で、英語の2(トゥー)を連呼しているのだ。
今は知らん。オレが行った時はトゥーだったが、インフレで今は「フォー!」とレイザーラモンHGの往年のギャグばりに叫んでいるかもしれない。
子供たちは…人数が多いから全員まとめて10ブルな。
女性たちも「さぁ、撮って金くれ!」と並んでスタンバイ。
オレはどちらかと言うと素の状態を撮る方が好きで、ポーズを取られたり、集合写真になると全く心が躍らないのだが…全くもって自然体ではなく、がっつり決めポーズをしてくれる。
これはエチオピアのムルシに限らず、基本的にどこでも一緒。
ナミビアでもヒンバの村をいくつか訪れたが、ホアルシブ川流域よりアンゴラとの国境沿いクネネ川流域にいたヒンバの方がまだ自然体だったな…
結局のところ集落によって雰囲気が違うから、一番いいのは一カ所ではなく何か所も訪れてみることかも知れない。
リッププレート
さて、ムルシの特徴は女性のリッププレート(唇皿)にある。
あれ?思ってたより小さいな…
他の人が撮ったこんな写真みたいに大きな皿を密かに期待していたのだが…
Rod Waddington from Kergunyah, Australia, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
残念ながら、オレが行った集落にはカラシニコフ小銃を担いでいる女性はいなかったし、巨皿女性もいなかった。
あぁ、そうですとも!ルッキズムですよっ!
乳も尻も皿も大きい方が興奮するもんだろ?
そんなオレを時代遅れの野蛮な未開人だと思ったあなたは、ムルシにも同じことを思っているということ。彼らも皿は大きければ大きいほど良いという価値観で生きている。
ムルシだけの話ではない。
ジンカの北西部、オモ川東岸にはメカン(ボディとも呼ばれる)が住んでいるが、彼らにとって太っていることがセクシーさの基準だ。
一番セクシーな男を決める伝統祭アイール(Ka’el)で優勝することを目指し、頑張ってむりやり太る。そして太っていればいるほど、腹が出ていれば出ているほど女にモテる。
これをルッキズムと呼ばずして何と呼ぶ?
さぁ、神の名の下に野蛮な未開人たちを“教育して救う”ため世界をまわった大航海時代のキリスト教宣教師のように、時代の名の下に未だルッキズムにとらわれている野蛮な未開人たちを教育して救ってあげよう!
自分たちこそが時代を先進しているのであり、世界を画一的な価値観で統一させて哀れな後進的な人たちを自分たちのレベルまで“引き上げて”あげるのだ。
画一的な価値観で統一された世界はきっと素晴らしく、そしてきっとつまらない。
なお、オレが写真を撮った女性はまだ若い可能性がある。
ムルシの女性は思春期になると下唇に穴を開け、そこに木の棒を入れる。
1年をかけて徐々に下唇を切って穴を大きくしてゆき、そこから皿のサイズを大きくして唇を伸ばしてゆく『下唇育成』期間がある。他人にとっては皿のサイズで生殖能力や結婚適正期を推し量れ、本人にとっては女性らしさの証になる。
皿のサイズが小さいということは、下唇育成中の若者だったのかも。
ムルシの女性は常に皿を付けて生活しているわけではない。
お出かけ着みたいな感じらしく、写真のように自宅周辺でくつろぎ中は皿をはめていなかったりする。
写真の左と真ん中の女性は皿をはめていないので、下唇がだらんと垂れ下がっている。クセなのか?垂れ下がった下唇をいじくりがち。
じゃあ、皿はどこにあるか?というと…
ドラえもんの四次元ポケットと同じ位置に、マイ皿ポケットがあるのが分かる。
右の女性が手に4枚ほどの皿を持っているが、これは後にオレに「買え買え」迫ってくるお土産皿である。
こういうものは、その場の雰囲気に飲み込まれてついつい買ってしまったりすると、修学旅行のノリで買っちゃった木刀くらい後で後悔する羽目になるので要注意だ。
オレも昔からの悪いクセで、ペニスケースに過敏に反応してしまうところがある。
ダニ(ニューギニア島)のコテカ、ズールー(南アフリカ)の先っちょカバー、ついつい興奮して買ってしまった。
先っちょなんて薄い皮膚で覆われたデリケートな部分だから、ズールー先っちょカバーがあった方がいいかしら?! 彼女とデートの時は、勝負カバーとして装着することも出来るし!
興奮して買ってみたはいいものの、西松屋で買ったんじゃないか?ってくらいキッズサイズの先っちょカバーを買ってしまい…
今では数年に一度、思い出したかのように親指にはめて先っちょカバーの雰囲気を味わう程度で、実際には無用の長物以外の何ものでもない。
ムルシのリッププレートも、ムルシが持っているからリッププレートなのであり、日本に帰って自宅で冷静に見たらただの木製円盤である。
表面を研磨しているわけではないので少しデコボコしていて、コースターとして使えるだけの安定感もない。投げても絶対に戻ってこなさそうなのでフリスビーとしても使えない。
買わなかったことに後悔はない。
多様性
オモ渓谷は世界でも有数の多民族が集まって暮らしている地域だ。
『オモ川下流域』はUNESCO世界自然遺産ではない、文化遺産だ。
ムルシが有名だが、他にもたくさんの民族が暮らしているので1~2週間かけて“ツアーで”じっくり回ったら面白いと思う。
スリ(スルマとも呼ばれる)の女性も、ムルシ同様にリッププレートを装着している。
ニャンガトムはオモ渓谷でも一番南の方、国境沿いからイレミ・トライアングル辺りにいる。
19世紀に北ウガンダからやって来た新参者で、先住のトゥルカナの言葉で「ゾウを食べるやつら(Nyam-etom)」と侮蔑されていたので、それを自らもじって「黄色い銃(Nyang-atom)」を名乗り戦闘民族であることをアピール。トゥルカナやスリを襲撃し、自分のテリトリーを確保している。
カロやハマル、バシャダ、バンナなど複数の民族に共通していることだが…男は常時マイ枕を持ち歩いている。
コンソからジンカに移動する途中で見かける男たちもたいがいマイ枕を持っていた。
そして、オレを見つけるとマイ枕を売りつけてきた。
いつでもどこでも寝れるし、イスとして使うこともできるし、外国人を見かけたら売りつけることだって出来る便利な万能アイテムである。
もちろん邪魔になるだけなので買ってはいない。