第32話に続く第33話。
前回は、河西回廊の話。
今回は、人民ババ抜き大会に急遽参戦する羽目になった話。
ババ
青海省のバヤンカラ山脈を水源とする黄河がはじめて出会う大都会が、人口430万人の甘粛省の州都・蘭州だ。
そんな蘭州といえば、牛肉面(蘭州拉麵)。
牛肉面といえば、蘭州である。
蘭州の繁華街・張掖路にはでっかい牛肉面のオブジェまであった。
蘭州では牛肉面は朝食だ。1杯3.5~4元(当時約60円前後)で軽く食べれる、牛肉スープに手打ち麺のシンプルな麺料理。
回族(ムスリム)も多いので『清真(ハラール)牛肉面』の看板を出す店もよく見かけた。
中国に入ってからずっとバスで細かく刻みながら東進してきたが、はじめて列車に乗って移動してみることにした。
蘭州から西安に行こうと駅で列車チケットを買った。
運賃が94元だったので窓口で100元札を出したところ、突き返された。
「別な100元札をよこせ」と言うので、他の100元札を出すと6元のお釣りとチケットを渡された。
なんでだ?
宿に戻ってから、突き返された100元札と他の100元札を並べて詳しく比較してみた。
うむ…これは偽札だ!!
まず、紙質からして違う。
さらに偽札にも透かしの毛沢東があるにはあるのだが、位置が本物よりもずれていた。あと、本物には毛沢東の下にやはり透かしで『100』と数字が入っているのだが、偽札には入ってない。
これが50元札や20元札だったら、どこでババを引いてしまったのか特定するのは困難だ。
買い物をしたり、食事をした時にお釣りとして渡されることもあるので、手に入れる手段は無数にある。
でも、外国人旅行者が中国の最高額紙幣である100元札を手に入れる手段は2つしかない。
銀行で両替した時か、ATMからお金を下ろした時。
あのクソババアっ!!
オレが持っていた100元札は全て武威の中国銀行で両替した時のものだ。
武威の中国銀行の窓口のババアが、故意に偽札を混ぜてたかぁ…
ババアにババをつかまされた。
間違って混入してしまった可能性は100%ない。
そもそも中国では小さな食堂から屋台まで、みんなハンディ偽札発見器を持っていて客から受け取るお札は全部チェックする。理由は、当時の中国では偽札が社会問題化していてとんでもない量の偽札が流通していたからだ。
ババ抜きと同じで、自分が偽札を引いてしまわないように人民たちは自己防衛に励んでいた。
ましてや“中国銀行”である。
世界4位の規模を誇るメガバンクが、お金の真偽判定が出来ないわけがない。ハンディどころではないガチ偽札発見器を使っていて当然のお金のプロたちだ。
しかも、オレがハンディ偽札発見器を使わずとも「これは偽札だ」と分かった程度のクオリティである。
銀行の組織的犯行というより、窓口のババアの個人的なマネーロンダリングだろうとは思う。ババアはどこかで引いてしまったババを持っていて、オレに渡す100元札の中から1枚抜いて、自分のババとすり替えてロンダリングしたのだろう。
中央アジアからのクセで枚数は確認したが、さすがに偽札を混ぜてくる可能性までは考えてなかった。
許せん!!
偽札が深刻な社会問題だか何だか知らんが、そんなのは人民たちの問題であってオレの問題ではない。
ババ抜きは人民の中だけでやるべきで、関係のないオレを勝手に巻き込むんじゃねぇ。
ババを人民の手に戻してあげるべき!!
人民ババ抜き大会に参加する意欲はさらさらないが、そっちがババを押し付けてくるなら何が何でも戻してやる。
偽札であることを知りながら「使用した」、「使用するつもりで所持している」場合は捕まるらしいが、オレの場合は「人民の手に戻してあげる」という善意でしかないから合法。
もちろん、銀行や警察に持って行ったところで没収されて終わり。ババは引いた時点で泣き寝入り損確定で、だからこそババなのだ。
こうして人民ババ抜き大会に参戦したオレだったが、人民にババを引かせるのは至難の業だった。
なにしろ、相手は常日頃からババを引かないように警戒しまくりの猛者たち。
オレが差し出すお札は全てハンディ偽札発見器を通されるので当然ババも跳ね返される。
お店でシレっと偽札を出すとどうなるか?だが…
みんな親切に「これ、偽札だよ」と教えてくれる。
基本的にオレはアホな外国人旅行者でやらせていただいているので「えっ、えぇぇーっ!」と驚いたふりをして「そーなのぉ?!」と自ら差し出したババをしげしげと眺める。
人民たちは親切に「ほら、紙質が違うでしょ?」とか「100の透かしがないでしょ?」とか説明してくれる。
ぜんぶ知ってます。
とは言えないので、「へ~」と言いながらババを再び自分の財布に戻す。
普通にやっても、人民ババ抜き大会にプロとして参戦している人民相手にババを引かせるのはほぼムリと判断。
仕方がないので、キルギスの両替商で散々見てきたアフガンマジックを参考にさせていただいた。
アフガンマジック自体はやり方が分からないが、人間の思い込みを利用した手法を取り入れて、めちゃくちゃ偽札を怪しむ人民にまんまとババを引かせることに成功。
ババを突き返されたので、財布から別の100元札を出す感じを見せつけながら再度ババを渡すアフガンマジックもどき。
よしっ、勝った!!
ババを本来あるべき人民の手に戻してあげて一安心したオレは、蘭州にある中国工商銀行のATMで金をおろした。
そして、再び新たなババを手に入れた。
武威でババを引き、蘭州でババを引かせ、そして蘭州でババを引いた。
間違って混入してしまった可能性は100%ない。確実に故意犯だ。
中国銀行は世界4位だが、中国工商銀行は総資産で世界1位のメガバンクである。
世界1位だが何だか知らないが、取り付け騒ぎで経営破綻したらいいのにっ!!と思っている。中国経済のみならず世界経済に与える影響?そんなの知らん! オレに対してATMからババを出してきた方が悪い。
まさかの銀行窓口から…ATMから…ババが出てくる、仁義なき人民ババ抜き大会は異常。
中国の流通紙幣全体の何%が偽札だったのかは知る由もないが、皆が思っている以上の割合で流通していて“受け取るお金は全て真偽判定する”ことが当たり前の世の中だった。
だから、キャッシュレス決済の普及が世界一(2024年現在の普及率86%)になったのだろう。キャッシュレス決済が普及したことで、人民は強制ババ抜き大会から解放されたのだ。
西安
かつて中国歴代王朝の都としてシルクロードの起点になった長安。
それが、呼び名は変わったが現在も人口1300万人ほどの大都市・西安だ。
西安には2週間弱いた。
近代的に整備された繫華街よりも、昔の面影を残す裏道をブラブラする方が楽しい。
左奥にドームが見えるがモスクである。
西安には20以上のモスクがあるらしく、ムスリムの回族も多く住んでいる。
店の看板に『清真(ハラール)』の文字が見えるので回族がやっている店だろう。
こんな景色も興味深かった。
胡錦濤時代の中国だったので、胡錦濤が提唱していた社会主義的道徳規律“八栄八恥”の看板と、資本主義の権化マクドナルド(麦当労)のコラボレーション。
「重労働することは名誉、楽ばかりするのは恥辱」みたいな八つの名誉と八つの恥辱を列挙している。
建前として経済的平等を実現すると謳う社会主義と、その実態。
「父親は不幸にも亡くなり、母親は癌になってしまいました。手術をするためには1万元(約16万円)の保証金が必要なので助けて下さい」と書かれた紙を前に置いて正座する兄妹と思わしき若者二人。
たくさんの野次馬に囲まれていたが、集まったお金を見ると1元玉が2つ。
16万円を集めたいようだが、32円しか集まっていなかった。
西安一の繁華街では、彼らだけではなく複数の若者や子供たちがそれぞれの方法でお金集めをしていた。
ちなみに、夜の西安駅に行くとおばちゃんが沢山立っていて話しかけられたのだが、みなさん売春だった。「え?お金を出す人いる?」と心配になっちゃうくらいすっげーおばちゃんだったからビックリした。
これで社会主義とは笑わせてくれる。
西安の宿では、ガーナ人の宿泊客マイクにめちゃくちゃ絡まれてげんなりした思い出が。
オレに質問ばっかりしてくる。
アフリカが現状抱えている問題点と、将来の展望 中国の政治体制と台湾問題アフリカはいいとして、けっこうデリケートな質問をガンガンにしてくるから「中国共産党に飼われてるガーナ人スパイで、オレの思想を調べ上げて密告しようとしてるのか?!」と心配になったくらい。
まぁ、マイクからしたらアフリカもアジアも両方知ってる人にあまり出会わないから色々と自分の疑問をぶつけたかっただけのようだが、ぶつけられるオレからしたら面倒くさい。
「なぜ中国はアフリカよりも遥かに食材が豊かなんだ?!中国の農村は非常に貧しいのに、食べ物に関しては豊かだ」
そんなの簡単で、アフリカは食材を作ってないじゃん。どれどれ…ちょっと調べてみると、ガーナの主要作物はカカオ、コーヒー、落花生、タバコだって。
植民地時代に構築されてしまったモノカルチャー経済のせいで、アフリカの主要農作物は自分たちがお腹いっぱいになるためのものを作ってなくて、先進国向けの嗜好品ばかり。
だからでしょ?
「じゃあ、アフリカも嗜好品を作るのを止めて食材を作れば解決すると思うか?」
いや、それを急にやったら輸出用の換金作物を生み出さなくなるからガーナ経済は外貨が獲得できなくなって崩壊するよ。
「どうしたらいいと思う?」
それは知らん。自分たちで考えてくれ。
こんな感じで丸一日をマイクとの問答で潰してしまった。
文字通り、一日中質問攻め!!
翌日以降も、人生について、神について、マイクから質問攻めにあったオレは段々うっとおしくなってきた。
そもそも質問が重い!!
もっと…「好きな夏野菜は何?」とか「ミネラルウォーターはスティル派?それともスパークリング派?」みたいな軽い、どうでもいい質問にしてくれ。
初日はマジメに答えていたが、徐々に雑になってゆき、最後は「う~ん、なんでだろね?分かんなーい」でやり過ごした。
マイクさえいなかったら西安ライフを満喫できたのにな…
いや、マイクのおかげか?
面倒くさくてなかなか行く気にならなかった兵馬俑だったが、マイクから逃れようと西安滞在1週間にしてついに見に行ってしまった。
兵馬俑って有名だけど、こんな体育館みたいになってるって知らなかった。