第23話から続く第24話。
前回は、王の温泉に浸かって己を見つめ直した話。
今回は、見つめ直したら奇跡が訪れた話。
ブダペスト(ハンガリー)→デュッセルドルフ(ドイツ)→ベオグラード(セルビア)→ブカレスト(ルーマニア)→ソフィア(ブルガリア)
ベオグラードの奇跡
ドナウ川沿いにあるセルビアの首都ベオグラード。
ベオグラードの繫華街クネズ・ミハイロヴァ通りにある大音量の音楽が流れるバーでひとり酒を飲んでいた。
たまたま隣のテーブルで飲んでいたセルビア人の男女グループが声をかけてきて一緒に飲むことに。
しばらくワイワイ飲んでいると、そのうちのひとりの女性がオレの隣に来て、髪を撫でてきたり、抱き付いてきたり、頬をすり寄せてきた。
そして耳元でささやいてきた。
むぅ…二人でオレを利用したプレイを楽しんでいるのか?
一方、当の彼氏は?というと…
むぅ…これは一体どういう状況なのだ?!
全くやきもちなど焼いている素振りもない彼氏がオレに呟いてきた。
そもそも彼氏なのか?
オレの腕におっぱいを押し付けながら彼女がささやいた。
みんなと一緒にショットグラスでテキーラをあおっていたのだが、なぜかいくら飲めども全く酔えずに頭は冴え渡っていた。
おかしい…絶対におかしい…
ブダペストで自分がゴリゴリの異性愛者・・・そんな言葉があるのかは知らんが、真正ハードへテロであることを確認したオレ。
理論上は異性だったら誰でもいけるはずである。
ベオグラードを少し歩けば「この国には美人しかいないのか?!」と思ってしまうくらい、街行く女性たちはモデルのようなスタイルの美人ばかり。
そんなセルビアで、こんなことって本当にあるのだろうか!?
もう一度、オレの腕に絡みついている女性の顔を確認してみた。
むぅ…何度見ても同じだ。
この美人大国セルビアでどこに隠れていたんですかっ?!
もはや逆にとんでもない奇跡が起こっているとしか思えない。
石を投げれば美人に当たるこの街で…『ベオグラードの奇跡』、『1000年に1人の逸材』がオレの腕におっぱいを押し付けてきている。
おかしい…絶対におかしい…
おっぱいを押し付けてくるのは“ベオグラードの普通”でいい…いや、普通がいい!普通であってくれ!と謙遜の極みでしかないのに…どうやらオレはセルビアで奇跡の無駄遣いをしてしまったようで、街中で見たことがないような奇跡の女性に絡みつかれている。
理論上は異性だからいけるはずなのだが…オレは『ベオグラードの奇跡』を振り払い「あれ?なんだか急に体調が…」と途中退席して逃げ帰った。
若い異性からの誘いを振り払って逃げる、果たしてこれを本当に異性愛者と呼べるのか?!大いに疑問が生じてしまう由々しき事態である。
逃げた理由はいくつか考えられる。
そもそもオレは真面目な男である、というのも否定は出来ない。
他には…
せめて前歯はあってほしい。
若い女性はやたらと前髪を気にするが、本当に気にすべきは前髪なんかより前歯である。前髪なんてあってもなくてもいけるが、前歯がない女は途端にハードルが上がる。
二ッと「2人でどこか行かない?」と言われたところで、その前におまえの歯はどこに行ったんだ?と気になってしょうがない。
まぁ、仮に歯が揃っていたとて『ベオグラードの奇跡』であることに変わりはないのだが、ビジュアル的な問題に加えてオレの場合は「いけないクスリで溶かしたんか?」と薬物使用を怪しんでしまうので、なるべく歯は残しておいた方がいい。
あとは…
血を抜き過ぎて異性愛力が薄まってしまったのかもしれん。
採血
セルビアに入る前、ハンガリーの首都ブダペストからウィーンとミュンヘンを経由してドイツのデュッセルドルフに行っていた。
牛歩戦術とはすなわち持久戦である。
より長く持久戦を戦い抜くためにも、軍資金は多ければ多いに越したことはない。
2度目となるドイツに来た理由はただひとつ。
治験に参加してみようかと思って。
新薬の開発において、動物を使った非臨床試験を経て行われる、人間を使った臨床試験…それが『治験』である。
「ヨーロッパ+治験」で検索すればいくらでも情報は出てくるが、主にドイツやイギリスで行われる治験に参加すると報酬は数十万円~100万円を超える。
リスクに比例して報酬も高額になる。
もちろん「非常に稀だが生命の危険を招くこともありえる」し「基本的に治験にはこれまでまだ知られていない副作用や予測できない副作用が現れる可能性があり危険性が伴いえる」けど、理解したうえで自己判断で参加という同意書にサインを求められる。
これまでに治験に参加した経験はなかったが、金に目がくらみ…いや、人様のお役に立ちたいという使命感だけに突き動かされてドイツに向かった。
オレが参加をしようとしたのは、会社名は明かされなかったがフランスの製薬会社が開発中という抗うつ薬の治験で、拘束期間は1カ月間。報酬は約50万円だった。
参加条件は①両親ともに日本人であること、②海外滞在歴が5年未満であること。
①はクリアしているものの、②に関しては海外滞在9年目で思いっきり条件外ではあったものの「バレようがなくね?」とシレっと応募。
結論から言うと、オレは選抜に漏れたため治験自体には参加していない。
参加はしていないが、応募者全員にヨーロッパ域内からデュッセルドルフまでの往復の交通費が出た。
オレの場合だと、ブダペストからデュッセルドルフまでの交通費が出た。
ホテルに滞在しながら一週間、健康診断を受ける。ホテル代全額に加えて食費手当も出る。
HIVや肝炎の検査もするし、ホルター心電図検査も受けた。この健康診断も手当が出るので、お金を貰って人間ドックを受けるみたいな感じ。
ただ…
貧血になっちゃうっ?!
って心配になるくらい血を何本も抜かれた。
この後、健康診断を受けた人たちの中から抗うつ薬の治験に適した数人が選抜されて治験へと進んだ。
一方、治験に進まなかったオレを含む数人は健康診断受診料として約3万円を貰った。
50万円は確かに魅力的ではあったが、タダというか、逆にお金を貰って健康診断を受けて何も異常がなく健康であることが分かっただけで良しとした。
復路の交通費もヨーロッパ域内であればどこでも出してくれるというので、近くて安い交通費を負担してもらうより、遠くて高い交通費を負担してもらった方がいいだろうと、デュッセルドルフからセルビアの首都ベオグラードまで25時間の直行バスに乗った。
血を抜かれ過ぎた結果が、歯なし『ベオグラードの奇跡』からの敵前逃亡である。
再びのルーマニア
ベオグラードから、ルーマニアの首都ブカレストに入った。
ハンガリーの首都ブダペストと名前が似ていてややこしいのだが、安心して欲しい。
世界中がそう思っている。
マイケル・ジャクソンも、レニー・クラヴィッツも、メタリカも、アイアン・メイデンも、オジー・オズボーンも、ブカレストをブダペストと言い間違えている。
ブカレストなのに「ハロー!ブダペスト!」とか「おやすみ!ブダペスト!」とステージ上で叫びルーマニア人をドン引きさせている前科がある。
サッカーのUEFAヨーロッパリーグの決勝に進出したスペインのアスレティック・ビルバオ。
サポーター400人が大挙して決勝の地ブカレストに応援に駆け付けようとして、間違って全員でブダペストに行った。
そしてビルバオは敗れた。
それでいて、ルーマニア人が最も嫌がるのは我らが首都ブカレストを隣国ハンガリーなんかの首都ブダペストと間違われることである。
「他と間違われるのはいいが、ブダペストと間違われるのだけは絶対イヤ!」と言っていた。
ブダペストをブカレストと間違える人はいないが、ブカレストをブダペストと間違えるのは世界的な“あるある”だからだ。
日本人の場合はさらにややこしい問題がある。
ルーマニア国旗と創価学会の三色旗の見分けがつかん!!
ブダペストとブカレストは名前こそ似ていてややこしいが、町の雰囲気は全く違う。
平壌を参考にして造られたというブカレストの街並みは、共産主義政権時代の威圧感あるバカでかい建物が多いのだが、ベラルーシのミンスクとは違ってすっかり資本主義に飲み込まれちゃってる雰囲気が楽しい。
これは旧共産党本部。
学会員が興奮しそうな凱旋門。
独裁者チャウシェスクが総工費1500億円をかけて建設した巨大宮殿『国民の館』。
部屋数は3000を超え、今でも光熱費などの維持費が年間7億円以上かかっているらしい。
ブルガリア
ブカレストから国際寝台列車に乗り込んだ。
ブカレストが始発の列車ではない。モスクワ(ロシア)発ミンスク(ベラルーシ)経由キーウ(ウクライナ)経由ブカレスト(ルーマニア)経由のソフィア(ブルガリア)行きに途中乗車。
ガラガラに空いていたのだが、1時間に1回は鉄道警察が見回りに来て「寝るな、荷物を見てろ」と、寝台列車なのに全然寝させてくれなかった。
ブルガリアの首都ソフィアには3週間いた。
それだけ見どころがある国なのか?と勘違いされても困るので、改めて言っておくが…オレは観光をメイン目的に旅をしておらず、ただ牛歩で日本で帰国(移動)中の人なので、長期間滞在=見どころ沢山ではない。移動して疲れたら休む、ただそれだけの当たり前の話。
ブルガリアの見どころは何だろう…
普通「はい」は首を縦に振り「いいえ」は首を横に振るものだが、ブルガリアは逆で首を横に振ったら「はい」、縦に振ったら「いいえ」。
見どころではないか…
ブルガリアを最後に東ヨーロッパを出てトルコから中東に入って行く人にとっては豚肉を食べられる最後の地。
見どころではなくお食事どころか…
首都ソフィアから2時間半ほどのところにあるリラ修道院。
教会の周りに修道士たちが住む住居棟がある。
教会の壁と天井と覆うフレスコ画。
これは間違いなく見どころのひとつだ。
カジノに入り浸っていたソフィアから、重い腰を上げてついに移動する。
5カ月ぶり2度目となるトルコ、初めてのイスタンブールだ。
これまで南北を上下移動して“すごく移動してる”感は出していたものの日本には全く近づいていなかったが、イスタンブールを境に西から東へ日本に近づいていくことになる。