第22話に続く第23話。
前回はウクライナから南下した話。
今回は南下先からウクライナに北上した後の話。
再びのウクライナ
ルーマニアを北上して再びウクライナに舞い戻って来た。
チェルニウツィから寝台列車で12時間かけてリヴィウに向かう。
ロシアやベラルーシ、ウクライナの長距離列車には各車両に女性乗務員(проводница)が必ず乗っていて乗客の面倒を見てくれるのだが、これまで「赤軍兵なんですか?」と思うくらい怖くて無愛想な乗務員にしか出会ったことがなかった。
ところが、チェルニウツィから乗った列車の乗務員には驚いた。
笑顔で接してくるとか…考えられん!
しかもめちゃくちゃ面倒見が良くて「お茶飲む?」とか「寒くない?」とか優しかった。
プライベートでは優しいが、仕事となると赤軍兵と化す旧ソ連圏では驚くべきことである。
ポーランドとの国境に近いウクライナ西部に位置するリヴィウは、これまでに訪れたり通過したウクライナの町とは明らかに雰囲気が違った。
1945年にソ連に割譲されるまでにハプスブルク家の領土だったり、ポーランド領だったりした歴史があるためか、旧ソ連感よりもヨーロッパ感が上回っている。
結局のところ、その国の印象というものはどこを訪れたかにもよるし、どんな人に出会ったかでも変わる。
ウクライナで国境は全部で4か所越えた。
ベラルーシとの国境では賄賂を要求され、モルドバとの国境では若くて美人なお姉さんが優しく書類の記入から何から全部やってくれ、ルーマニアとの国境は普通過ぎて記憶になく、スロバキアとの国境では別室に連れて行かれ超高圧的な女に取り調べを受けて調書を取られた。
「どこから来た?」と聞かれたので「リヴィウからです」と答えると机をバンッと叩いて「違う!国籍だ!」
いや…あなたは今オレのパスポートを手にしてらっしゃいますが、仮にオレが中国人だったとしても日本のパスポートを持っている以上は「中国」と答えるわけがないですよね?
続いては「どこへ行く?」
いや…ここウジュホロドはスロバキアとの国境。スロバキア以外にどこに行けるのでしょう?
無意味な質問を延々とされた。
もしオレがベラルーシから入国してスロバキアへ出国していたら「ウクライナは最悪だった」と言っていたかもしれないが、モルドバとの国境しか通っていなかったら「ウクライナは最高だった」と言っている。
印象なんてそんなもんで、どこに行って、たまたま誰と会ったかで簡単に変わる。
再びのスロバキア
2カ月ぶりにスロバキアに舞い戻った。
前回はウィーンから入ってスロバキア西部を南から北に抜けたが、今回は東部のコシツェというスロバキア第二の都市に入った。
スロバキアで最大、そしてヨーロッパ最東端のゴシック様式の聖堂、聖エリザベス大聖堂。
ハンガリー
スロバキアからハンガリーに列車で入り、ブダペストには約2週間いた。
ドナウ川を挟んで西側のブダと東側のペストを合わせてブダペストである。
温泉大国であるハンガリーの首都ブダペストには有名な温泉がいくつもある。
まずはゲッレールト温泉。
比較的新しい20世紀初頭にアール・ヌーヴォー様式で建てられた温泉だ。
こちらはセーチェーニ温泉。
ここも20世紀初頭に建てられたネオ・バロック様式の温泉。
そしてルダシュ温泉。
オスマン帝国時代の16世紀に建てられた。
もうひとつ、ルダシュ温泉と並びブダペストで最も歴史がある温泉がキラーイ温泉(Király gyógyfürdő=王のスパ)である。
オスマン帝国時代の1565年より続く由緒あるブダペスト最古の温泉という以外に、キラーイ温泉を有名にしていることがある。
それは、伝統と格式を感じながらハッテンしてしまおうというハッテン場(見知らぬ男性同士が出会いを求め性行為にまでおよぶ場所)だということだ。
よく考えてみると…
オレに結婚という話が出ているのも、オレが異性愛者であることが大前提になっている。
果たして本当にそうなんですかっ?!
まずは前提を疑ってみることにした。
自分でも気が付いていないだけで、実のところオレは同性愛者である可能性もゼロではない。
もしそうなら・・・非常に残念なことではあるが、もはや異性との結婚どころの話ではなくなる。
ちょっとキラーイ温泉に行って確かめてみるか。
場合によってはオレが異性愛者であるという大前提が崩れ「実はオレ、ブダペストで気付いたんだけど…」とカミングアウトすることになる『ブダペスト事変』が起こるかもしれん。
キラーイ温泉は「王のスパ」だけあってブダ側の王宮の丘近くにある。
行く前からウワサは色々と耳にしていた。
温泉のお湯は、浴場内で射精する奴がいるせいでヌルヌルしていた、とか…
大浴場の真ん中で入浴=相手募集中の合図になり、知らずに真ん中で入浴していたら野郎どもがクロールで我先にと突っ込んできた、とか…
おっさんがウインクしてきたので親指を立てて笑顔を返したらお尻の穴に指を入れられた、とか…
だが、所詮はウワサである。だいたいこういう話には尾ひれが付いていることが多い。
異性愛者としての己を疑ったオレは、新しい自分を発見すべくキラーイ温泉に足を踏み入れた。
曜日によって男性専用、女性専用になっていて、行った日は当然男性しか入れない。
まずは受付で入浴料として1200フォリント(当時約750円)を払う。
続いて2階にある脱衣所に上がっていくと、いきなり「それどこで買ったんですかぁ!?」と聞きたくなるようなすごいビキニパンツを履いたおっさん2人が目に飛び込んできて思いっきり怖気づいてしまった。
おっさんたちはタオルで体を拭いていただけで、入浴施設であれば普通の光景なのだが、先入観先行で知覚過敏になっているオレはついビキニパンツに激しく反応してしまった。
普通の光景を過激な光景として捉えてしまう…きっとウワサ話というのはこうやって盛られてゆくのだ。
別な階段を下りて1階に行く。
硫黄の臭いが鼻を突きながら扉を開けると、シャワーがあり、サウナがあり、大浴場があった。500年の歴史を誇るブダペスト最古のトルコ風呂だ。
とりあえず大浴場に入ってみよう。
念のため真ん中には行かず端の方でお湯に浸かるが、普通に良い感じのお湯でヌルヌルなどしていない。
あぁ、いい湯だなぁー。
散々ウワサを聞いてきたけど、全然良い温泉じゃないか!
と、改めて周りを見渡して見れば、あれぇ?
さっきは全然気付かなかったけど、よく見たらおっさんたち2人1組でカップルになってる?!
向かいのおっさん2人は思いっきりキスをしていた。
右にいたおっさん2人は前後になってお湯に浸かり、後ろのおっさんが前のおっさんのパンツに手を突っ込んで・・・
うぉおおいっ!!
湯船の中でちんこをしごいてんじゃねーよ!
オレも浸かっている同じ湯の中で…おっさんの湯の花を咲かせようとするんじゃない!!
「同性愛者か異性愛者か以前の問題で、公衆浴場でのマナーとしてそれは違うんじゃないですか?!」と、ビシッとおっさんたちを注意してやった…とかは一切ない。
ただただ「や、やべぇー!」と目を逸らしただけである。
徐々に大浴場に人が増え出した。
わざわざ真ん中でお湯に浸かっているおっさん数名を視界の隅の方で確認していたが、そのうちにただならぬ妖気を感じ始めた。
見過ぎ!こっちを見過ぎ!
もしオレがチンピラだったら「テメエ、何ジロジロ見てんだよ?!」とケンカを売ってしまいそうなくらいオレを凝視してくる。
だが、現実は勇ましくケンカを売るわけでもなく困ってオドオドするだけ。
それがまたウブな感じに映ってかわいく思われていたらどうしよう?!と、負のスパイラルに陥った感がすごい。見つめ返すのも違うだろうし、正解が分からん。
あまりの居心地の悪さに耐え切れなくなり、違う風呂に移った。
大浴場と比べればかなり狭い浴槽だったが、温度が高めで日本の温泉に近い。
「こりゃいいや」と入っていると、狭い浴槽なのに後から後からおっさんたちが入ってくる。
『芋を洗うような』という表現がピッタリじゃないか!
狭いとは言え、もう少しお互いに離れられるんじゃないか?と思うのだが、なぜかぴったりくっ付いてくる。
左右に1人ずつ、前には2人。
なぜか前のおっさんはオレの方を向いて入っているので至近距離で対面入浴。
そして触れるか触れないかぐらいのソフトタッチ。
もはや手口が痴漢と同じだ!!
彼らは「偶然触れてしまったのかな?」と思うような微妙なソフトタッチでまず相手の反応を伺う。その反応を見ながら徐々に大胆さを増してゆき、最終的にはオレのちんこをしごこうとしてくるに決まっとる!
痴漢したことはないが、バンコクの路線バスなどでされたことは何度かあるオレの経験上、微妙なソフトタッチを放置すると図に乗るから早め早めに芽を摘んでおく必要がある。
偶発的接触を装った計画的接触は痴漢の姑息な常套手段だ。
しごかないし、しごかせない
痴漢犯罪防止啓発用ポスターの標語にも使えるんじゃないか?と自画自賛のこのオレのスタンスをキラーイ温泉で明確にし、ソフトタッチおっさんにはっきりと「ノー」を突き付けたところで答えが出た。
残念ながらオレの同性愛ポテンシャルはゼロであり、ゴリゴリの異性愛者であることに疑いの余地はないようだ。
なお、キラーイ温泉は2020年から無期限休業中である。