1998-2000【2】行方不明

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第1話に続く第2話。

オーム

独り立ちして4日目、バンコクで近藤さんという日本人旅行者と知り合った。

日本で公務員をしているという近藤さんに連れられて、タニヤ通りにあるお好み焼き屋『吉野』(たぶん今はない)で夕食を奢ってもらう。

タニヤ通りは200mほどの通りに日本人向けカラオケ(=キャバクラ)やレストランが軒を連ねる歓楽街だ。

食事をしながら話を聞いていると、どうやら近藤さんは女遊び(売春)をするためによくバンコクにやってくるリピーターのようだった。

免疫

そんなおじさんにピュアな19才の少年が出会ったらさぞかしショックを受けたんじゃないか?と思われるかも知れないが、18才の時にカンボジアでもっとヤバいジジイに会っていたので「フッ、こいつもその類いか…」と心の中で見下した程度だ。

1997年当時のカンボジアはけっこうむちゃくちゃだった。フンセン派とラナリット派の武力衝突が起こっていたこともあって首都プノンペンは夜になると普通に銃声が聞こえる危険な町だったし、アンコール遺跡周辺もまだ危険で前年に欧米人がバンテアイ・スレイ遺跡に行く途中でポルポト派の残党に狙撃されたとかで、護衛の兵士を雇ってビビりながら行ったくらいだ。あと、プノンペンからシェムリアプまで乗ったスピードボートが対岸から自動小銃で銃撃されたのがオレの人生初銃撃。しかもカンボジア人は船内なのに、なぜか外国人は無防備な屋根の上に乗せられて防御力ゼロ。まぁ、弾がボートに当たらなかったからいいんだけど、川面をピシピシッと弾ける水柱が近づいてくる恐怖は当時高校生の人生史上最悪だった。

旅行中だった1997年4月4日付地元新聞の一面掲載「公園に手榴弾が投げ込まれた」記事写真(一部ピントを加工)

そんなカンボジアで、プノンペン近郊にスワイパーと呼ばれる悪名高き村があった。村全体が置屋のいわゆる売春の村で、12~13才の主にベトナム人少女が体を売っていた。オレが会った日本人の年金受給者のジジイは毎日スワイパーで少女を買っては記録を付けていて、なぜかそれを孫世代である高校生のオレに見せてくるという鬼畜っぷり。「××月××日 ○○ちゃん、12才(2ドル)ゴムなし」とか書いてあったな。ジジイは「外国人料金は一発5USドル(当時725円)だが、オレは現地人料金と同じ2USドル(290円)に値切っている」とか自慢げに語っていて、自分のキモさには気付いていない様子。

ジジイに連れられて1度スワイパーに社会科見学に行った。タクシーで村に入って行くと通りの両側に建ち並ぶ置屋の前に少女たちがずらっと並び、ジジイは車内から少女を選んでいた。カフェでジュースを飲みながら“ジジイ待ち”をしている間にママから聞いたのだが、8~9才の処女は高く売れるという。また、少女たちは親がテレビや冷蔵庫を買った時の質として売られてきているので、数百ドルを払って親の借金を肩代わりすればその少女を文字通り“買い取る”ことが出来るという。

帰りの車中で喜々としながら少女との性交渉の様子を解説してくるジジイは気付いていなかったのかもしれないが、「おまえとは3倍以上も年が離れているが、彼女たちとオレは5~6才しか年が離れていないんだぞ!」と摂氏-273度の冷めきった目でジジイを見ていた。

パッポン

さて、食後に近藤さんに誘われてタニヤ通りのすぐ近くにあるパッポン通りに飲みに行った。

by (WT-shared) Jtesla16 at wts wikivoyage, CC BY-SA 4.0, Wikimedia

ゴーゴーバーが軒を連ね、アジア屈指の歓楽街として名を馳せる通りだ。

店では半裸もしくは全裸のお姉さんたちがポールダンスを踊っていて、客はビール1本でただひたすら眺めることも可能だが、お姉さんを店から連れ出すことも出来る。

近藤さんは気に入ったお姉さんを見つけると隣に呼び値段交渉を始めた。ショートだと1500バーツ(約4500円)、ロング(いわゆる泊まり)だと2500バーツ(約7500円)が相場だと言う彼は、値段交渉がまとまるとお店にお姉さんの連れ出し料(ペイバー)500バーツ(約1500円)を払い2人で店外に消えて行ってしまった。

こうして一人ゴーゴーバーに取り残されたオレ。

ビールを飲み干したら帰るか…と思っていると、乳丸出しのお姉さんが話しかけてきた。

髪型はショートカットで年の頃は25くらい、少し性格がきつそうな顔つきをしていた彼女は自らをオームと名乗った。

オーム
ねぇ、あなたいくつ?
オレ
19才
オーム
そう…店が終わったら一緒にディスコに遊びに行きましょ

深夜2時に閉店するというので、チビチビとビールを飲みながら店内で繰り広げられている男と女の欲望劇を観察しながら時間をつぶしてオームの仕事終わりを待つ。

営業終了後、他のお姉さんたちと一緒に連れ立って近くのディスコ(確かパッポン1と2の間にある店)に行き、酒を奢ってもらう。

オーム
さぁ、アタシの部屋に行くわよ
こ、これってもしかして…

知らない女について行くことへの警戒心とスケベ心が一瞬戦ったが、圧倒的大差でスケベ心が勝利しノコノコとオームに言われるがままタクシーに乗り込んだ。

行方不明

部屋に入ると、オームはビール瓶とグラス2つを持ってベランダに出て行った。

オレ
えっ、ビールを注ぐくらい部屋の中でやればいいのに…変なの!!

もしかして目上の人の前で酒を飲む時は体を横向きにして手でグラスを隠しながら飲む韓国みたいな風習がタイにはあって、客人であるオレに対する礼儀なのだろうか?

ベランダを覗くと、ちょうどオームが白い粉末をビールに入れているところであった。

オーム
こっち来ないで!部屋で待ってて
オレ
へー、タイってビールに何か入れて飲む習慣があるんだ~

ホントに、ホントにオレは純粋にそう思って何の疑問も抱かなかった。いっても親元を離れてまだ4日目の19才である。意外とピュアだったのだ。

差し出されたビールを飲み、カーテンを閉め切った暗い部屋で1日中やった。途中で何かを食べた記憶はない。深夜4時か5時くらいに部屋に入ってからずーっとベッドにいて、オレの体内時計ではその日の夜に再びディスコに遊びに行ったから、17~18時間は彼女の部屋にこもっていた感覚だった。

ところが、再び行ったディスコで大喧嘩をする。とにかくワガママだし、命令調の言い方がきついのだ。もう一度彼女の部屋に一緒に戻ったものの喧嘩はエスカレートして、彼女はオレのコンパクトカメラを投げて破壊し、トイレに流してしまった。

オレ
何なんだ、この性悪女は?!二度と顔も見たくない!!

深夜2時、オームの部屋を飛び出したオレだが自分が今どこにいるのかが分からず、仕方がないのでベンチで野宿して朝を待つ。これが初野宿である。

ちなみに当時はバンコクの全体図が頭に入っていなかったので場所が分からなかったが、あれはプラトゥナームだ。完全なる偏見だが、プラトゥナームに住んでる女でまともな奴に会ったことがないが、オームは記念すべきその第一号だ。

ベンチで夜を明かし、朝になってから歩き回ってようやく自分の位置を把握。バスで宿に戻ると、なぜか大騒ぎになっている…

従業員
今までどこに行ってたんだ?!心配してたぞ!
オレ
え?どした?

最初は全然話が噛み合わなかったのだが、どうやら…

オレ、5日間も行方不明だったらしい

オレには一切1日分の記憶しかない。寝た記憶もないので、残りの4日間は意識がなかったのか?5日間ずっとやりっぱなしだったのかも分からない。ただオームの部屋にいた17~18時間の間に世界では5日もの時間が過ぎていた、そんな感覚だ。

昔のことなのに、なぜこんなにも覚えているか?というと日記という記録があるからだ。

ただし、万が一日記を他人に読まれてもいいように自分にとって不都合なことは一切直接的には書いておらず、記録と記憶が合致しないと完成しないようになっている。

例えば、オームの部屋から戻ってきた後の日記にはこう書いてある。

午後からきらっちに付き合ってもらってバムルンラード総合病院に行った。皮膚にかゆみがあったためだ。日本人には通訳が1人付くほど立派な病院ですごい。薬をもらって帰ってきた。

誰に読まれても全く問題ない内容だが、実際のところはこうだ。

受付
どうされましたか?
オレ
お、おちんちんが痒いんです…
受付
え?
オレ
え?

オレの失われた5日間はオームにクスリを盛られたせいだと気づき、「何で盛られたんだろ?」と色々と心配している内に「そういえば、なんだかちんちんが痒い気がするんですけどっ!」となり「え?もしかして性病うつされた!?」と急に心配になり、人生史上初めて医者にちんちんの診察を受けに行ったのだ。

医者
ちゃんと洗ってますか?
オレ
も、もちろん!
医者
タイは高温多湿で蒸れやすいので気をつけて下さい

まさか淫乱女のジメジメした穴の中に5日間も入れっぱなしだったせいで蒸れちゃったのかも…とは言えず、ただ医者に恥部をお披露目しただけで終わった。

ちなみに、後日エイズ検査も含めて性病検査を受けたがシロだった。結局あれは何だったのか?よく分からないが、ただの淫乱女に捕まって10代の精力を搾取されただけということで一連の行方不明事件は決着とする。

ダウ

19才のピュアな心と、コンパクトカメラを失ったのが実害だった。昔からメインの一眼レフとサブのコンパクトのカメラ2台持ちだったので、サブがなくなってすぐ困るわけでもなかったが、改めてサブを購入するために保険金を請求することにした。

行方不明から復帰した翌日、請求に必要な盗難証明書を発行してもらうためにツーリストポリスに向かうものの見つからない。偶々通りかかったOL2人組に道を聞いたところ、わざわざツーリストポリスまで連れて行ってくれた。

何でもシーロム通りのCPタワー内にあるエステサロンで受付嬢をしているという彼女たち。小柄な方の女性が自らをダウと名乗った。

ダウ
あなた、バイク事故で死んだ前の彼氏に似てる…好き!
オレ
何じゃそれ?!

別に誘ってもいないのだが、4日後タイ北部に向かってバンコクを発ったバスの隣にはダウがいた。

日記を読むと、チェンマイでなぜかオレはダウの実家に一緒に行っているようだ。それなのに彼女に対する記憶はほぼない…顔も覚えていないが、とんでもない名器の持ち主だったことだけは覚えている。

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