内戦後に行くためのイエメン案内

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『幸福のアラビア』と呼ばれる中東の国イエメン。

以前から決して行きやすい国ではなかったが、内戦が始まって…アラブ連合軍が介入して…もはや近づけない“秘境”になってしまった。

(特に北部は)元々独立心が強く「中央政府になんか従わねぇ!」というゴリゴリの氏族社会の上に、“現代のサムライ”みたいなイエメン男子たちが簡単に敵に屈するはずもなく、相当ゴダゴダが長引きそうな気配がする。

シリアと違ってイエメンには何の利権もないからアメリカやロシアといった大国が興味を示さないという点ではソマリアに通じる部分もあって、世界からはシリア内戦より興味を持たれないという“地味”だが激しい内戦が続く。

準備

それが5年後なのか、10年後なのか、もっとなのかは分からないが、いつの日か再び行けるようになったら是非行ってほしい…ということで、行けるようになった時のために今から旅行準備をしておこう。

保守的なところなので、残念ながら女性だけでは行かない方がいい。彼らの中に「女性だけで旅行する」という概念がそもそもないため、奇怪な行動に受け止められる。それがゆえに性犯罪に遭う危険性もあるので、安全のために男性と一緒に行って「夫です」と言っておくのが無難。

旅の道連れ男性を確保しておこう。

さらに、女性は髪を隠すスカーフは必須アイテム。ムスリム女性の服装も隠れ度合いが髪を隠すだけのものから全身を隠すものとあるが、イエメンは全身黒装束のアバヤ。

誇張なしで、1ヶ月の旅行中に大人女性の顔を一回も見てない。さすがに異教徒はアバヤを着る必要はないけど、髪を隠すのは最低限のマナー。

イエメンに限らず中東全体で言えることだが、男性も短パンは止めた方がいい。昔、ヨルダンから陸路でイラク入りして、拉致られて首を切り落とされたK田さんもそうだったらしいけど、短パンでノコノコ出歩くのは現地では奇抜ファッションで目立つ。潜入するならするで、もう少し現地のことを考えた格好をするのが最低限のリスク管理かと。

ちなみに、イエメンではレストランに女性と行ったら、個室とかカーテンで仕切られたスペースで食べる。バスなどの乗り物にも女性専用シートというか、スペースがあって、家族以外の男女が隣同士になることはあり得ない。

Nations Online Project

イエメンの標高図から分かる通り、2〜3000mの高地と、そうじゃないところがあって、そうじゃないところは基本的にクソ暑い。ところが、首都サナアは標高2300mにあるので寒くて長袖は絶対に必要。

ファッション

ここで、基本的なイエメン男子ファッションを押さえておこう。

頭にスカーフを巻き、ザンナと呼ばれる長衣(基本は白)にジャケットを羽織り、ジャンビーヤと呼ばれる刀を差すのが定番。

刀は男の魂!と、めちゃくちゃ大事にしている。

南部よりも北部(特に山岳地帯)の方が保守的なので、男はほぼ全員帯刀している。

「ジャンビーヤを抜く時は必ず人を斬る時。だからそう簡単にはジャンビーヤを抜かない」とサムライみたいなことを言ったりするが、実際には人を斬れない。

本物の刃は禁止されているので、ステンレス製の模造刀である。

ただ、模造刀だろうがジャンビーヤはイエメン男子の魂なので「君のジャンビーヤ、カッコいいね」と褒めてあげると喜ぶぞ。

抜いたところを見たければ、祝い事の場に行けばいい。

ジャンビーヤを抜いて男たちが舞う。

北部山岳地帯に行くと、ジャンビーヤの他に男の必須アイテムがもうひとつ増える。

カラシニコフである。

男の証アイテムなので、刀を差し、肩からカラシニコフ小銃を下げるのが定番ファッション。“武装している”というより、意味もなく普通に持っているのだ。カラシニコフを持ち歩いている理由を聞いたところで「男だから」という答えしか返って来ない。

北部で飯屋に入ると、男たちが皆、Myカラシニコフをテーブルに立てかけてご飯を食べている光景を見れる。意味もなく持ってると分かっていてもちょっと怖い。

これは…カラシニコフを持って車に乗ってるオレ。

なんでもイエメン人1人当たり平均2丁の銃を持ってるらしい。

もう発想がサムライと一緒で「戦になったら自分で自分の身を守る!」的なスタンスだから、実際に戦(内戦)が始まったら思った通りの泥沼…。

ちなみに、男たちがムダにカラシニコフを持ち歩いているのは北部くらいで、首都サナアはカラシニコフ持ち込み禁止。ちゃんとサナアに入る幹線道路に「ここから先、カラシニコフ持ち込み禁止」の看板が立ってる。

何の根拠にもならないが、あれだけ銃が溢れているのに旅行者が武装強盗に遭ったという話は聞いたことがない。数字の信用度は少し疑問だが、イエメンの人口比の強盗発生率は10万人当たり1.9件で日本と変わらない。襲うために武装しているわけではなく、敵と戦うために武装しているのだ。

いつ戦うか?今でしょ!

内戦になって、こんな感じだと思う。

おもてなし

コーランには『客人に対しては敬意を払うこと』、『ムスリム以外にも寛容で、慈悲深く接すること』が書かれていて、基本的に中東は異教徒である旅人に対しても優しい。

その中でもイエメンの客人に対するおもてなし精神はトップクラスじゃないかと思う。

道を歩いていたら追い抜きざまの車から「ウェルカム・トゥ・イエメン!」と声をかけられたり、カフェでコーヒーを飲んでいたら一言も会話していない別のテーブルの客が帰り際に「ここのお代は私が払っておいたから。ウェルカム・トゥ・イエメン!」的なことはよくあった。

人間は贅沢になっていくもんで、最初は「おぉ、イエメン人って超やさしい!」と感動していたオレも…後半は「ウェルカム、ウェルカム、うるせぇ!」と、うっとおしく感じてくるのであった。

元々が観光客が大挙して押し寄せてくるような国ではないので、まだピュアさを保てていただけかもしれない。

オレの個人的な見解だが…根がピュアな人たちほど染まっていない分、うざくなった時の反動がえげつなくてスーパーうざくなる。

あの頃のままのイエメン人たちであって欲しいと願うが、内戦で心が荒んでしまっていないか心配だ。

治安

内戦前の治安の話。

正直、治安は良いとも言えるし、悪いとも言える。

強盗とか、スリとか、そういう心配はなかったという意味では治安は良い。

ただ…北部への移動や、東西の横断は武装した軍の護衛を付ける。

イメージとしては…徳川幕府になる前の、豊臣秀吉が天下統一を果たした頃の日本みたいな国っていうのかな? 今現在は戦国時代だけど、当時の話ね。

一応はイエメン中央政府が天下統一をしているのだが、全国には武装した有力大名(氏族)がいて、中央政府の実効支配が及んでるのか及んでないのかよく分からない状態であった。

政府と氏族の間がきな臭くなると、その地域には入れなくなる。特に北部は入れない時期がしょっちゅうあった。どいつもこいつも帯刀してカラシニコフを持ってるような地域だから、政府の言うことなんか聞かないのだ。

オレがイエメンを旅した時は、北部の氏族と政府の間の関係が落ち着いていた時期だったので入ることが出来た。

ただ、政府に入域申請をして、軍の護衛を付けて行かないといけない。

誘拐される可能性もあるっていうことで。まぁ、誘拐はイエメンでは伝統的なことらしいよ。

イエメン政府は外国人旅行者に対してビザを発給して入国させている。氏族的には、政府には客人として迎え入れた責任があるわけだ。そんなイエメン政府の客人を誘拐したら、政府のメンツは丸つぶれになる。そして誘拐した側の氏族は、人質を盾にして政府との交渉で優位に立てる。

ただ、誘拐する氏族側にとっても客人は客人なので、おもてなしは受けられると。めっちゃ接待されるというウワサ。

一方の中央政府は、客人が氏族に誘拐されないように軍の護衛を付けると。

ということで、最悪誘拐されてもいっかな?程度の話だったのだが…

これはあくまでも『氏族に』誘拐された場合のお話。ここ大事。

以前から中部のシャブワ県とかハドラマウト県の南側(の一部地域)は『アラビア半島のアルカイーダ』が活動していて、彼らに捕まったら全く別の話になる。

アルカイーダは氏族とも敵対していたから、当時はそこまで気にする存在ではなかったんだけど、内戦の混乱に乗じて勢力を拡大している様子なのが気になる。

内戦後のイエメンに行くとしたら、一番気にすべきは最新の『アラビア半島のアルカイーダ』の勢力圏だろうな。オレなら、それ以外に関してはあまり気にしないかな…

すっかりイエメンに行きたくなっちゃって、内戦終結を心待ちにしている方のために次回は見所を紹介。

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