第13話に続く第14話。
前回はUAEからエジプトに飛んだ話。
今回は、そんなエジプトに滞在した2カ月間の話。
バクシーシ
アフリカ最大級の都市カイロ。
カイロだけでも人口1000万人を超え、ピラミッドがある近郊のギザなどを含めた首都圏になると2000万人近くが住んでいる。
現在は新首都を建設中だが、その理由もカイロは人口が集中し過ぎて慢性的に渋滞が酷いとか問題だらけだから。
人がうじゃうじゃいれば都会というわけでもないが、カイロにはマクドナルドがある。
アフリカ大陸を縦断してもカイロとヨハネスブルグの間にマクドナルドはない。
ダルエスサラームやナイロビにさえない。
スターバックスもカイロとヨハネスブルグの間にはないが、KFCはけっこうどこにでもある。オレが通って来たアフリカのルートで言うと、ないのはエチオピアくらい。行っていないが、スーダンにさえKFCはある。
マクドナルドもスターバックスもあるカイロだが、物価はめちゃくちゃ安い。
2023年の生活費指数でも、調査した世界140カ国中2位の安さ。
昔と比べれば物価は上がっていると言え、今でも世界屈指の物価の安さを誇る国エジプト。
物価が安いということは…そう、いくらでもいれちゃうのである。
カイロにはアフリカ最古の地下鉄がある。
2024年現在は値上がりして6ポンド(約18円)~12ポンド(約36円)だが、当時は距離に関わらず1回乗車で0.75ポンド(当時約15円)だった。
8倍も値上がりしているのに、日本円換算ではほとんど値上がりしていないのはエジプトポンドが下落し続けているからだ。
ある日、皆と地下鉄に乗ってお出かけをした。
よく分からない駅のよく分からない場所でオレ1人だけはぐれて迷子になってしまい帰れなくなってしまった。
たった1ポンドあれば地下鉄に乗って帰れるのに、自分ではお金を全く持っていなかったオレは地下鉄にすら乗れない。
仕方がない…「郷に入っては郷に従え」である。
バクシーシ!
チップでも賄賂でも施しでもバクシーシ(金くれ)はエジプトで最も言われる言葉のひとつだ。
普段オレにはあんなに言ってくるくせに、逆にオレが街ゆくエジプト人に「バクシーシ」言っても全無視するってどういうことよ!!
くそっ、エチオピア方式でやってみるか…
アディスアベバでよく遭遇したのだが、それまで極々普通に歩いていた物乞いが外国人を見つけた途端にハッとした顔をする。エチオピア人が肯定の相槌を打つ時は首をタテに振るのではなく「ハッ」と息を吸うのと関係があるのかは分からないが、非常に分かりやすく『ハッとした顔』をするので、オフモードからのスイッチの切り替えがバレバレなのだが…外国人のカモを発見してハッとすると、急にオンモードに入ってお腹を空かせだす。なんなら、さっきまで友だちと楽しそうにおしゃべりしてた奴が急に元気がなくなってお腹を空かせだし、右手の指をすぼめて自身の口に持っていき「金くれ」と言う。
これだな。
エチオピア方式をエジプトで実践してみよう。
街ゆくエジプト人に近づき、左手でお腹をさすりながら、右手の指をすぼめて自身の口に持っていき「バクシーシ…」と出来るだけ弱々しそうにささやいてみる。
完全無視されたっ!!
見た目の問題か?! アディスアベバのピアッサ地区には「履いてる意味あんの?!」ってくらいボロッボロのズボンを履いてる物乞いもいたからな。ズタボロ過ぎてちんちんが普通に出ちゃってて、逆に何でそれを履く必要があるのか不思議に思うくらい。着ている服は“物乞い仕様”であえてダメージ加工しているのでは?と疑っちゃうくらい不自然で前衛的過ぎる奴も偶にいる。そのTシャツ、首から下はシュレッダーにかけたの?みたいな。ピアッサにいる物乞いは他の地域とは少し毛色が違って、ナメられるとつい先ほどまでお腹ペコペコで弱っていたはずが急に元気いっぱい力づくで奪ってくるヤンチャさもあるしダメージ加工くらいしてそう。
ただ、オレが1ポンドのために着ている服をズタボロに破いてちんちんを出したところで、失うものの方が大き過ぎて割に合わない。
何も金を沢山くれと言っているわけではない。地下鉄に乗るためにたったの1ポインドをくれって言ってるだけなのに…
二度とエジプト人にバクシーシしねーからな!
もうどうしようもないので無理矢理に帰ったが、このご時世その方法をわざわざネットで自白することもなかろう。
地下鉄の駅員とはがっつり目が合ったがスルーされた、とだけ言っておこう。
今にして思えば、「バクシーシ」戦法ではなくきちんと事情を説明して「地下鉄代の1ポンドをくれ」と言っていれば全員に無視されることもなかったような気もする。
郷に従ったがゆえの失敗だが、散々バクシーシ言ってくるくせに、こちらがバクシーシ言っても無視しやがるという事実を発見できたことが唯一の収穫である。
なんならバクシーシ言われたら舌打ちしてもいい、オレもされたから。
観光
エジプトで酒浸りの生活を送ること早1週間。
そういえば、かの有名なピラミッドとやらを未だに見ていないことに気がつき、ギザのピラミッドを見に行ったのを皮切りに一応エジプトの有名観光地は巡っている。
正直、そこまで期待していなかったのだが…実際に目の前にすると単純に「ピラミッドすげーな!」とはなった。
白砂漠と黒砂漠にも行っている。
カイロから約650kmナイル川上流にあるルクソールにも行った。
ハトシェプスト女王葬祭殿はルクソールに来て2日目に見に行ったのだが…
あまりのルクソールの暑さに完全にやる気を失ってしまい、カルナック神殿を見に行ったのはルクソール滞在6日目にしてようやく。
早朝6時に見に行って、その巨大さに「ほえ~」となって8時には退散。
朝8時を過ぎたら暑過ぎてムリ。
ルクソールからさらにナイル川上流のアスワンまで南下して、アブ・シンベル神殿も見ている。
モーゼが神から十戒を授かったシナイ山にだって登っている。
クリスチャンにとっては特別な山かもしれんが…3800段の階段に心を折られたオレは「もう二度とシナイ山には登らない!」と心に誓った。神との契約である。
以上、エジプトに2カ月もいてちゃんと見るべきところは見たぞ、という自己弁護。
役者デビュー
エジプトの大物女優がイスの上でふんぞり返っている。
隣に立つ付き人が日傘を差して女優のために日陰をつくっている。
別の付き人がウチワで女優をあおいで風を送っている。
こんなにも分かりやすく絵に描いたような大物感を出してる人は初めてだ!と見つめていると、急に女優が裏ピースをしてきた。
えっ、オレを誘っている合図なのか?!
とドキドキしていると、付き人がサッと女優の指と指の間にタバコを置いた。
スッと裏ピースしただけで、タバコを指と指の間に置いてもらえちゃうくらい大物!!
ここはテレビドラマを撮影中の高級ホテルのプールサイド。
エジプトにツアー旅行で来た日本人観光客役として、子供の頃からの夢だった役者デビューを(エジプトで)果たした。
ツアーガイド役のエジプト人俳優に先導されてプールに向かって歩く日本人観光客。プールサイドのイスに腰掛け、会話はおろか物音すら立てずにジッとしているという不自然極まりない難しい演技を要求されたが、見事に演じた。
大根役者ではない、要求された演技の内容が大根に徹しろ!だったのだ。
誘われて、エジプトのテレビドラマでエキストラをやった。
念のため断っておくが、オレの迫真のエチオピアン・バクシーシ演技を偶々見かけた芸能事務所にスカウトされたとかでは全くない。
ドラマのタイトルすら知らないが、全カットされていなければ多分エジプトのテレビドラマに出ている。
エジプトの女優と知り合いたい!!
撮影現場で「エジプトで一番の美人女優はどの人?」とスタッフに聞くと、全員が一様にイスふんぞり返り裏ピースばばあを指差す。
いやいや、違うくて…ビューティフルな…あれ?美の基準が違うのか?
「あの方がエジプトではめちゃくちゃ有名な大女優だ。そして一番ビューティフルな女優でもある。数十年前はな」だそうだ。
もはや面影はなかったが、その態度からして超大物女優であることは間違いない。
写真を撮りたかったのだが、1回だけあったチャンスを逃したら二度とチャンスは巡って来なかった。エキストラの分際で大女優に近づくには、取り巻きたちが徹底ガードしているし、そもそも本人が怖そうというか性格きつそうだし、ハードルが高過ぎる。
スタンバイ6時間、撮影15分で報酬100ポンド(当時約2000円)。
これがオレの俳優デビュー作であり引退作である。タイトルくらい聞いておけばよかった。
中東を北上
いよいよ、本気でドイツを目指す時が来た。
エジプトから中東を北上し、ヨーロッパに入ろう。
エジプトと隣国ヨルダンは陸路でも行けるのだが、この2カ国を分断するようにイスラエルの領土があるため、陸路で行くには絶対にイスラエルを通らないといけない。
一度イスラエルに入ってしまうとイスラーム圏の国々には入れなくなるので、紅海を渡ってエジプトからヨルダンに直接入る。
エジプトのヌウェイバからヨルダンのアカバまではスピードボートで約1時間の距離だが、出港するのはいつになるか分からない。いつ出るかは「インシャーアッラー(神のみぞ知る)」。
オレは5時間待たされたが、30時間待たされた人もいる。たった1時間の航海のためにだ。
スピードボートを名乗っているが、スピード感はゼロ。