第3話に続く第4話。
人間模様
ここに1枚の写真がある。
タイ最大のアンコール遺跡であるピマーイに“5人”で行った時の写真だ。
左端の女がノン、真ん中がノンの彼氏のヌン、右端の女はオレの日記に一切登場せず名前が全く思い出せないので…仮にA子としておこう。写真を撮っているオレの横にはB子がいた。
ちなみにオレはB子と付き合っていた。B子は性格がほんわかしたすごーくいい人だったが、やはり日記に登場しないので名前が全く思い出せないし、写真が1枚もなく顔も覚えていない。
A子とB子はラチャダーピセク通りにあるマンションで一緒に住んでおり、オレはそこに転がり込んで3人で住んでいた。A子は己の体を張って稼いできたお金でB子とオレを養う一家の大黒柱であった。毎晩どこかに出勤していくA子を、B子とオレで見送った後は二人でやりまくるという基本的にサルみたいな生活をしていた。
それをA子も良しとしていて、それを普通のこととして捉えているタイ人の謎の共助精神は本当に凄いと思う。オレだったら「何でオレだけが働いて、おまえらはやりまくってんだよっ!」とブチ切れると思うけど… 百歩譲って自分の友達を養っているだけならまだしも、外国人のおまえは誰だよ?!みたいな。
ノンは、偶に部屋に遊びにやってくるA子とB子の友達だ。どこに住んでいるかも何をしているかも分からないが、まぁ間違いなく堅気ではないだろう。昔、日本で不法労働していたことがあるというノンは日本語を話せるので、込み入った話をする時には通訳になった。ノンの彼氏のヌンはどこかの会社でエンジニアをしているのだが金がなく、彼の乗っている車もノンが買ってあげたものだった。
ケンジ
さて、A子に会うために定期的にタイにやってくる小太りの40代日本人男性がいた。関西のとある大学の教授をしているという彼は自らをケンジと名乗っていた。チェンマイ出身のA子は色白で日本人好みの顔立ちをしていたこともあって客には困らないようだったが、ケンジはそんなA子の金づるの一人だ。
ケンジは、バンコクからバスで3時間ほどのビーチリゾート地チャアムにある4つ星ホテル『ザ・リージェント・チャアム・ビーチリゾート』のコテージにA子を誘った。まぁ改めて書くまでもないが、下心あってのビーチリゾートに決まっている。都会の喧騒から離れた非日常感の中でA子と燃え上がる夜を…的な計算だろ、どうせ。
しかしA子は女友達も一緒に連れて行きたいと言い出し、結局ケンジはB子とノンを加えた女3人を連れて行くことになった。だが、これも考えようによってはハーレム感があってケンジ的にも妙な期待を抱いていたかもしれない。
そして、この時のケンジはまだオレの存在を知らない。
朝、出掛ける皆を見送り1人ボーっとしていると午後になって本当に電話がかかってきて「ケンジがあなたを呼んでもいいって」というので、急遽バスで3時間以上かけて皆と合流すべくチャアムに向かう。
ホテルに着いたらケンジから「本当に来るんだ…」と言われたが、あれは嫌味だったのかな? ちょっとよく分からないけど。
ケンジはA子とノンと3人で1棟、オレはB子と2人で1棟を使うことになった。翌日、ノンが吐き捨てるようにこんな事を言っていた。
なんなの、その漢気?! 確実に堅気の人じゃねーなと、この時確信したのである。
昔のことなのになぜこんなにも覚えているか?というと…
まさにその日にオレは二十歳になったからだ!
10代に別れを告げ20代の新たな門出となる日に、一度も会ったことがないおっさんに4つ星ホテルの部屋を奢ってもらった経験がある皆さんなら分かるだろう。
まさか知らないおっさんとよそよそしくこんな会話をすることになるなんて…現実が自分が思い描いていたイメージの斜め上を行き過ぎていると忘れないものだ。
A子とやりたいがためにわざわざタイにやって来て、ムードを演出するためリゾートホテルのコテージまで借りて、お小遣いまで渡しているのにタイ滞在中に1度もA子とやれなかったケンジ。
本人はその本当の理由を知ることなく妻が待つ日本に帰って行ったが、オレは知っている。
その時A子は性病で治療中だったのだ。
うつされなかっただけケンジはまだラッキーで、ケンジの前に来た金づる(西宮のショウ)なんてうつされて大変な目に遭った(A子も知らずにうつした)こともオレは知っている。
やきもち
A子がケンジから貰ったお小遣いで、皆でノンの田舎へ旅行に行くことにした。
ノンが彼氏のヌンに買い与えた車で、後部座席にA子とB子とオレの3人で乗って向かったのはコーンケーン。ノンは東北のイサーン出身だった。
コーンケーン2日目の夜、5人でディスコに飲みに行った時に事件が起こった。
トイレに行こうとしていたオレは、女2人組から声を掛けられた。「あなた何才?」とか「誰と来てるの?」とか他愛もない話だったが、後からやってきたヌンもその会話に加わった。ヌンからすれば、タイ語が下手なオレの代わりに返答してくれていただけで他意はなかったし、会話自体も2~3ラリーで終わった短いものだった。
しかし、その姿を遠目に見ていてブチ切れたのがノンである。自分の彼氏であるヌンが他の女としゃべっていたことに大激怒し、グラスを割るなど暴れたためディスコの用心棒に追い出されてしまった。
自宅(ノンは田舎に一軒家を建てていた)に戻ってから、さらにヒートアップしたノンはクワ(畑を耕すやつ)を振り回して暴れ出し、皆が逃げまわると…
と、怒りの矛先を車にぶつけはじめ、クワでヌンの車をメッタメタに耕し出したのでボンネットを含むボディーはベッコリと凹んで見るも無残な姿に。
さらに、なぜか怒りの矛先を自分の家にぶつけはじめ、放火して家を燃やし出したため本気で消火活動をする羽目になった。
少し冷静になって考えてみれば、そもそもヌンは全く関係ないのである。
「いやいや、そんなあなたはケンジにやらせてやってましたよね」とは思ったが、そんなことを口に出したらノンの怒りに油を注ぐことになるのは目に見えていたのでオレは黙ってヌンにバトンタッチした。
ちなみにこの後、殴り合いをしているノンとヌンの怒号と罵声を聞きながら隣の部屋でB子とやった。
アレが来ない
そんなある日のこと、B子が神妙な面持ちで衝撃の告白をしてきた。
覚えがあるかないかで言ったら、“完全にある”だけにぐうの音も出ない。B子が検査キットを買って来てチェックした結果を見せられたが、ぐうの音も出ない。
連日連夜、B子とオレにA子とノンを加えた4者会談が開催され今後を話し合った。
日タイ・タイ日辞典を片手にヘビーな内容の会話をせざるを得ない状況というのは、自分の言いたいことが外国語で上手く伝えられないもどかしさと、主張すべきところははっきりと主張しないと大変なことになるという焦りが同時に発生して結構きつい。
B子は以前シンガポール人の彼氏との間に出来た子供をおろしたことがあるので、二度は絶対にイヤだと言う(ちなみにタイで中絶は違法行為)。また、異国の地である日本に住むのはイヤなのでタイで生活したいと言っていた。
だが、オレは外国人だし無職である。仕方ないからとりあえずはA子とB子とノンの3人で子供を育てながらも、ゆくゆくはチェンマイにあるB子の実家に一緒に帰ってマスオさん状態になるしかないんではないか…オレを除く3人の意見がまとまり出し、完全なる窮地に追い込まれてしまった。
そして…
オレはビビり倒した末に…
逃げた。