クドゥロとは

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※2016年頃に書いて、下書きに放置してあったブログ記事を今さらアップ。

クドゥロ誕生

映画『キックボクサー』(1989)でのジャン=クロード・ヴァン・ダムのこの踊りを見て…

その動きを“ヴァン・ダム・ダンス”として取れ入れたアンゴラの歌手Tony Amadoがクドゥロ生みの親。この話はBBCのインタビューなどでTony自身が語ってる。

まさかのジャン=クロード・ヴァン・ダムきっかけという意味では、ジャン=クロード・ヴァン・ダムこそクドゥロ生みの親とも言えるけど。

見よ!これが元祖クドゥロの“ヴァン・ダム・ダンス”だ!

1994年にTony Amadoが発表した『Amba Kuduro』という曲がアンゴラで人気になり、“クドゥロ”がジャンルとして誕生。

「ズークやソカとエレクトロニカの融合」うんぬん的な音楽的側面から語られるクドゥロだけど、実際のところは音が先行して出来たというより、足の動きが先行して生まれた音楽かと。

クドゥロ第一世代と呼ばれるのは、Tony Amadoに加えて、Sebém、Dog Murras辺りで、この頃の曲は128~135bpmくらい。

クドゥロ第二世代

ネットカフェ(=パソコン)の普及と、フリー音楽制作ソフトFruityloops(現FL Studio)の普及もあって、設備の整ったスタジオ録音ではなくホームメイド感覚で曲が作れるようになり、一気に作り手が増殖。

第二世代と呼ばれるのは、Dj Znobia、Dj Killamu、Puto Prata辺りで、この頃の曲はテンポを上げて140bpmがほとんど。

テンポがあがったせいで、酔っ払ったジャン=クロード・ヴァン・ダムでは踊るのが無理なほど足の動きが速くなっているのが特徴。

リスボン系クドゥロ

“プログレッシブ・クドゥロ”とも言われる発展形はポルトガルの首都リスボンから火がついた。

旧宗主国ポルトガルにはアンゴラ系移民も多く、アンゴラ発祥のムーブメントがポルトガルを経由してヨーロッパに上陸するというのはまぁ自然な流れかと。

特に、ヨーロッパにクドゥロを紹介したBuraka Som Sistemaの功績は大きい。

今聴いても彼らの音はカッコいい。

他にもアンゴラ生まれのBatidaや、Buraka Som Sistemaの初期メンバーPettyを擁するOs Makongoなどがリスボン系クドゥロを牽引。

もうこの頃になるとジャン=クロード・ヴァン・ダムはどこにもいない…

世界進出

リスボンからヨーロッパに広がりを見せたのが2008年頃から。

フランス在住のアンゴラ人ディアスポラのLes Princes du Kuduroも、『アンゴラ人』というそのまんまのタイトルの曲で「アンゴラ」を連呼して祖国への熱い想いをクドゥロに乗せた。

チープなMVは別としてヴァン・ダム・ダンスの足の動きはきちんと継承しているという点ではある意味で正統派クドゥロ。

あと、Les Princes du Kudoroもそうだが、フランス語でクドゥり出すやつらが出てきたのも特徴だ。言語的な広がりが出てきたと。

ポルトガル系フランス人から成る3人組King Kudoroのデビュー曲が、フランスでヒット。

ただ彼らの場合、ヒット曲はもう1曲あるくらいで…ほぼ“一発屋”と言ってもいいかと。

2010年にポルトガル系フランス人のLucenzoが出した『Vem Dançar Kuduro』がヒット。

まぁ…彼も“一発屋”認定しちゃってもいいと思う。

ただ、レゲトン界の大物Don Omarとコラボしたことで十分過ぎるほど稼いだだろうけど。映画『ワイルド・スピードMEGA MAX』の挿入歌にもなって世界的にヒットした。

すっかりDon Omar色に染められて、クドゥロじゃなくてレゲトンじゃん!!

他にも…

ドイツのデュッセルドルフを拠点に活動するGato Pretoは、モザンビーク系ポルトガル人のGata Misteriosaと、ガーナ系ドイツ人のLee Bassの2人組ユニット。

メタル・クドゥロということで、もうここまでくるとジャン=クロード・ヴァン・ダムの影も形もない。

クドゥロ第三世代

2000年代後半からの第三世代は、音楽制作ソフトをFruityloopsからCubaseやLogicProへ移行し、他の音楽からの影響をより色濃くし始める。大きく分けると、北隣のコンゴからの影響が強いンドムボロ系と、南アフリカからの影響を受けているアフロハウス系の二つ。

こちらがンドムボロ系第三世代クドゥロで…

こちらがアフロハウス系第三世代クドゥロ…

この第三世代までで、傍から見る限りではそれ以降のクドゥロは進化が止まっている感がする。やはりアフロハウスに食われちゃってる印象が強い。

南アフリカのクワイトも、大流行を経て少し皆が「飽きてきた」と下り坂に入ったくらいを現地で肌身で感じて、クワイトの将来性に疑問を抱いたこともあったが、その後のクワイトがダーバン・クワイトからゴムへと続いていることを考えると…クドゥロにも生き残り戦略は必要かと。

今こそ原点回帰すべきっ!!

ジャン=クロード・ヴァン・ダムの動きを誇張してもっと足をガクガクさせちゃえばいいのだ。踊りありきでクドゥロというジャンルを確立しちゃって、音なんて後付けでその時に流行ってるやつを上手く取り込んじゃえば幾らでもクドゥり放題。

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