第27話に続く第28話。
前回は在りし日のナゴルノ・カラバフの話。
今回はおとぎの国の話。
イラン
ナゴルノ・カラバフからアルメニアを経由してイランに入った。
公共交通機関がない辺鄙な国境を越えてイランに入り、振り返ると今までいたアルメニアの山々が迫っていた。
下界のイランに降りてくると、ダウンジャケットを着ているオレは何なんだ?!ってくらい暑い。急にTシャツで十分な気温になった。
ポーランドのクラクフで買って以来オレを寒さからしのいでくれていたダウンジャケットは、イランのタブリーズでそこら辺を歩いていたおっさんの手に渡ってお別れ。
実は、首都テヘランには行っていない。
オレがイランで行ったのは、トルコやイラクとの国境に近い西アゼルバイジャン州の州都オルミエ、東アゼルバイジャン州の州都タブリーズ、イラン中部のイスファハーン、北東部にある聖地マシュハドだけである。
古都イスファハーンには旧市街と新市街がある。
普通は旧市街といえば中世とか昔の町で、新市街といえば近代に開発された町の感じがするが、イスファハーンはちょっと違う。
イスファハーンの“新”市街は16世紀にサファヴィー朝の首都として整備・建設された市街地を指し、旧市街はそれよりも前の大セルジューク朝の首都だった頃を含む昔の市街地を指す。
現代的にはどっちも旧市街!!
新市街の目玉、宮殿やモスクに囲まれたイマーム広場は世界遺産に登録されている。
新市街と旧市街を繋ぐゲイサリーイェ・バザール。
イスファハーンには、サファヴィー朝時代に連れて来られたアルメニア人の子孫たちが今も多く住むアルメニア人街があって、17世紀に建てられたアルメニア使徒教会の聖堂もある。
トルクメニスタン
イランのマシュハドから国境を越えてトルクメニスタンに入った。
トルクメニスタンのことを『中央アジアの北朝鮮』と形容したりするが、どちらにも行ったことがあるオレからすれば、それはトルクメニスタンに失礼である。
北朝鮮と違って、こっちはカネ持ってるわ!!
オレの中で北朝鮮は化石の国、トルクメニスタンはおとぎの国。
対岸のアゼルバイジャン同様に、カスピ海の豊富な地下資源(石油・天然ガス)の恩恵を受けるトルクメニスタンは成金国家だ。
石油成金のアゼルバイジャン、天然ガス成金のトルクメニスタン(埋蔵量世界4位)。
金がないのにミサイル開発に勤しむ北朝鮮と、地下資源で稼いだ金を白亜の街づくりに突っ込む謎の成金趣味を見せるトルクメニスタン。
ただ…
どちらも非常に閉鎖的という点では確かに似ている。
ちなみに、オレが行ったのと同じ年にトルクメニスタンを訪れた外国人は年間で8,177人である。前年の5,600人からは大幅増だけど、非常に少ない。
一方、北朝鮮はそのほとんどが中国人だが年間10万人以上の外国人が訪れるとされ、外国人の訪問者数だけでみれば北朝鮮の方がトルクメニスタンより人気だ。
閉鎖的なのはどちらも一緒だが、トルクメニスタンより北朝鮮の方が知名度があるから行ってみようかな?と思う人が単純に多いというのと、北朝鮮は中国人観光客で数を稼いでるだけの気はするけど。
あと、ほぼカルト宗教じゃん!ってくらい個人崇拝を推し進める点でも似ている。
北朝鮮が神格化の加減を間違えて「将軍様は瞬間移動ができる!」と称える歌『将軍様は縮地法を使われる( 장군님 축지법 쓰신다)』を作ってしまった黒歴史をオレは忘れていない。
オレの中で縮地法の使い手は『るろうに剣心』の瀬田宗次郎か、金日成&金正日親子。
さて、対するトルクメニスタンだが…
初代大統領にして終身大統領だったトルクメンバシュ(トルクメン人の頭領)様ことニヤゾフと、第二代大統領だったアルカダグ(庇護者)様ことベルディムハメドフがいる。
オレが行ったのは、バシュ様が急死してベルディムハメドフが第二代大統領に就任した直後だったこともあり、まだバシュ様の残像が国全体を覆っていた。
ベルディムハメドフが脱バシュ化を進めてバシュ様の残像を消してゆき、やがて自らアルカダグ様になるのはもう少し後の話だが、個人崇拝という点で言えばアルカダグ様はバシュ様に遠く及ばない。
トルクメニスタンで最初に入ったのはマル州の州都マル。
マル中心部の誰もいない公園に行ってみると…おや?
だぁーっ!!黄金のバシュ様!!なんで椅子に座ってるの~?!
オレには珍しくめちゃくちゃテンションが上がってしまった。
これは銀行。
『21世紀はトルクメニスタンの黄金時代』
これはマル駅。
列車とバシュ様。
さらに、バシュ様の著書『ルーフナーマ(魂の書)』の看板は至る所にある。
決して販売促進広告ではない。なぜならルーフナーマはトルクメニスタン国民必読の書であり、小学校から大学まで必修科目だし、運転免許の筆記試験も公務員試験もルーフナーマから出題される。
2005年8月24日午前3時10分(現地時間)、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地からドニエプルロケットで日本の光衛星間通信実験衛星「きらり」とオーロラ観測衛星「れいめい」が打ち上げられた。
日本では全く知られていないが、実はこの時に同じロケットでルーフナーマも宇宙に行っている。日本が打ち上げたのは衛星、トルクメニスタンが打ち上げたのは本。
ルーフナーマを宇宙に打ち上げた理由は・・・国営放送によるとバシュ様の魂の書で「宇宙を征服するため」で、今後150年間地球を回り続ける予定だそうだ(BBC)。
国民必読では飽き足らず、宇宙人にまで読ませようとしたバシュ様!!
瞬間移動できる将軍様とどちらがやばいのか…いい勝負になってきた。
ちなみに、バシュ様によるとルーフナーマを3回読むと天国にいけるらしい。
非常に残念なことに、アルカダグ様が脱バシュ化を推し進めた結果、あれだけトルクメニスタンに氾濫していたルーフナーマが今や入手困難なレア本になってしまっている。
よかったぁ~、買っといて!!
左はルーフナーマ日本語版、右はトルクメンバシュ茶。
ルーフナーマよりトルクメンバシュ茶の方が気になるだろうが、ただのお茶だ。お茶缶にバシュ様が微笑んでいる顔写真がデカデカとプリントされているだけで中身は普通の茶葉。
ルーフナーマショップに行けば日本語版だけでなく、世界中の言語のルーフナーマが揃っていた。売れる売れないという次元では考えていない。外国人が年間で数千人しか来ない国に世界中の言語でルーフナーマを揃えていても当然売れるわけがない。
宇宙人に読ませようとしたくらいだから、ルーフナーマが「世界中の言語に翻訳されている」ということに意味があるのだ。
どんなことが書いてあるのか?冒頭の『宣誓』部分を引用しよう。
聖なるトルクメニスタン、
私の母国、
あなたに捧げてもいい、
この命を、この身体を!
もしも私があなたのことで
少しでも疑いを持てば、
私の手は腐るがいい!
もしもあなたの悪口を言えば、
私の手は腐るがいい!
母国を、偉大なるトルクメンバシュを
裏切ったら命がなくなるがいい!
私の手は腐るがいい!
たしかに…手が腐ったらハンドルを握れなくなるから運転免許の筆記試験に出題されるのも納得である。「ハンドルを握れるように手を腐らせないためにはどうすべきですか?」みたいな問題が出るんだろ、どうせ。
ちなみに、1冊5万マナト(デノミ前で当時約240円)で買ったこの400頁もあるハードカバー大型本を持ってこの後半年も旅した。非常に邪魔だったことは潔く認めよう。あと、ウズベキスタンの税関でルーフナーマを所持していたことで笑われたのは事実だ。もちろんバシュ茶も笑われた。
バシュ様以外についても触れておこう。
公園でバシュ様の黄金座像を見て独りはしゃぐオレをジーッと見ていた下校中の小学生たち。
マルのバザール。
トルクメン人父娘。
シルクロードのオアシス都市だった古代メルヴ遺跡の要塞。
中央アジア最大の遺跡だが、カラクム砂漠にあるので死ぬほど暑い。というか、トルクメニスタン自体がカラクム砂漠にあるので暑い。
マルから首都アシガバートへは寝台列車で8時間半、2万5千マナト(約120円)。
“神に遣わされし民族の指導者”バシュ様のおひざ元、総本山である。
本人はもういないけど。
アシガバート市内は「え?国賓でも来てるの?」と思っちゃうくらい警官がウヨウヨいた。
公園でヤンキー座りで10人以上でたむろしていたり、政府系の建物の周りをウロウロしていたり、通りには数十mおきに立っていたり、ゴリゴリの警察国家の様相。
写真撮影にうるさく、ちょっとでも政府系施設にカメラを向けようものなら警官たちがすっ飛んでくる。
警官たちからの熱い視線を一身に浴びながらカメラを向けた先にあるのは・・・
1948年のアシガバート地震犠牲者の記念碑(左)と、高さ75mある中立の塔(右)。
中立の塔のてっぺんに立つのは高さ12mのバシュ黄金像!
そしてこの黄金のバシュ像は、常に太陽を向くように回転式になっている。
ローテート・ゴールデン・トルクメンバシュ!!
回転黄金バシュ像の前に建つアシガバート地震犠牲者の記念碑だが…
1948年10月6日深夜1時、M7.3の大地震に襲われたアシガバートは壊滅的な被害を受けた。
この震災で、バシュ様は母親を亡くし孤児になっている(父親は対ドイツ戦で戦死)。
暴れ牛が地球に角を掛け揺らしている様と、母親に抱かれる黄金の子供・・・
そう、ゴールデン・ベイビー・トルクメンバシュ!!
地震のせいで孤児になったバシュ様がどれだけ母親への想いが強いかは後ほど。
さて、中立の塔の上から眺めた中立広場がこちら。
金のドームがトルクメンバシュ宮、青いドームがルーヒエット宮。
基本的にアシガバートの街はほぼ白亜の大理石で造られた建物ばかり。
中立の塔とか中立広場とか何なんだ?って話だが、トルクメニスタンは国連決議で承認された世界で唯一の永世中立国なのでそれを記念して中立というワードがよく使われる。
スイスも永世中立国だが、国連決議までやっているのは世界でトルクメニスタンだけという話。単純に平和を追求しているから永世中立国になったわけではなく、旧ソ連構成国だけどロシアの影響力を排除して独自のバシュ色でトルクメニスタンを染めたいという思惑で、孤立主義を追及した結果が永世中立国というだけ。
アシガバートの南にある独立公園は、東京ドーム30個分の広さを誇る。
独立公園に建つのは高さ118メートルの独立記念塔。
その独立記念塔の前にも・・・
衛兵付き黄金バシュ像!!
公園には高さ5mの巨大なルーフナーマのモニュメントもある。
そして、この巨大ルーフナーマは毎夜音楽を流しながら本を開くように開く!
バシュ様以外についても触れておこう。
アシガバート郊外の砂漠で開かれるトルクメニスタン最大のバザール、タルクーチカ。
トルクメン絨毯も売られている。
さて、これまで書いただけでも十分バシュ様のヤバさ素晴らしさが分かったと思うが、彼の本当のヤバさ素晴らしさは写真だけでは伝わらないので色々列挙しておこう。
Dave Proffer, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
もちろん彼の死後に跡を継いだアルカダグ様がことごとくバシュ・ルールを撤廃している。これまで無料だった電気・ガス・水道も有料に、ガソリンもリッター約45円と有料になったし、年金は支給されるようになった。
メロン記念日は残っている。
せっかくなので、オレの旅とは関係なくなるがアルカダグ様についても少し。
オレの中で、バシュ様は自分が大好きなジャイアン、アルカダグ様は多趣味なジャイアン。
強権的なのはどちらも一緒だが、自分の黄金像を国中に建てまくったバシュ様に比べ、アルカダグ様はそこまで自分大好き人間ではない。
全高21mの馬にまたがった黄金のアルカダグ像以外にあるのかな?
ネットで調べた限りだと、自分の像はアシガバート市内ではこれくらいっぽい。
ただ…首都アシガバートの北西30kmのところに約7,165億円をかけて新都市『アルカダグ』を建設。ここにもやはり馬にまたがった黄金のアルカダグ像がある。
アルカダグ様は、自分より馬や犬がお好き。
トルクメニスタン原産の馬アハルテケ種の黄金像や・・・
全高15mの中央アジア原産のシェパード犬アラバイの巨大黄金像を建てている。
乗馬が趣味で競馬にも参加するし、ラリーに出場するし、歌も歌うし、楽器も弾くし、DJもやる。(※リンク先は全て YouTube)
たぶん・・・趣味で忙しいみたいで、2022年に急に大統領を辞任。
表に出て仕事をしないといけない大統領は息子に継がせるついでに・・・
憲法を改正して国の最高指導者を大統領ではなく人民評議会議長にして、自分はその人民評議会議長に就任。
実質的にはアルカダグ様が最高権力者として院政を敷きながら、悠々と趣味に集中できる環境を整えた模様。
最後は、トルクメニスタン国防省軍事研究所の歌手が歌うトルクメニスタンを称える歌でお別れ。