昔、住んでいた南アフリカから日本まで飛行機以外で帰ろうとしてみた話。
海ルートからのシベリア鉄道
南アフリカ・ケープタウンから日本に帰ろうとした時に、まず頭に浮かんだのは船でヨーロッパまで行き、そこからモスクワまで行ってシベリア鉄道で北京かウラジオストクまで行く方法だった。
北京やウラジオストクなんてほぼゴールみたいなもんで、日本はもう目と鼻の先。
たぶん、このルートだったら1カ月くらいで帰って来ていたと思う。
そもそもケープタウン自体がその誕生から港湾都市として発展してる街だから、飛行機以外でヨーロッパに向かおうとしたら海ルートが一番に浮かんでくるのは自然だ。
日本の遠洋マグロ漁船の補給基地としてもケープタウンは有名だが…
これを書きながら「あっ!日本に帰る遠洋マグロ漁船に頼み込んで乗せてもらう手もあったか…」とすごい方法を思い付いてしまったが、あの時は思い付かなかった。
ケープタウンで遠洋マグロ漁で来てる日本人と飲んだことあるのに。
乗せてもらえるものなのかは知らないが、ケープタウンを出て気仙沼から日本に上陸する手もあったな…と悔しがる2024年。
クルーズ船は最初から選択肢に入れていないが、貨物船でケープタウンからヨーロッパに行く方法は色々と調べている。
探すと、ケープタウンからポルトガル・リスボン経由のイギリス・ブリストル行き、20万円で人も乗せてくれる貨物船が見付かった。
20万円かぁ…高ぇーな
と、お金が理由で海ルートでヨーロッパに向かうことを諦めているが、結果的には20万円でも船で行っていた方が遥かに安く済んでいたことは間違いない。
さらにもっと根本的な話をすると飛行機が一番安くて早い。
ロバ
じゃあ、海ルートではなく陸ルートでどうやってヨーロッパに向かおうと考えた時に思い付いたのがロバである。
ロバに乗ってケープタウンからヨーロッパまで行くのもありじゃね?と思ったのだ。
自転車と違って自分の力を使わなくてもいいから、そんなに疲れないでしょ?と。
そもそも、なんでロバなのか?という点だが…
ケープタウンのような都会では見かけないが、南部アフリカでは田舎に行くとけっこうロバを見かけるのだ。実は世界で最もロバがいるのはアフリカである。
これはナミビアの南部で見かけたロバ。
飼われているロバとは思えない、野良ロバの可能性あり。
そもそも野良ロバなんているのか?と思うかもしれないが、ナミブ砂漠馬という野生の馬がいるくらいだから、見かけたロバも野生かもしれん。
アフリカに生息する唯一の野生馬とされているナミブ砂漠馬。
えっ?これ馬なの?と目を凝らさないと分からないが、真ん中ら辺に数頭の群れでいるのがナミブ砂漠馬である。
このナミブ砂漠馬の近くで見かけたロバだから、オレが見たのは野生のナミブ砂漠ロバの可能性がある! ナミブ砂漠ロバなんて種類がいるのかは知らんけど。
調べたところ、ロバはびっくりするくらい安かった!
当時で1匹2~3千円。ぼられても5千円くらいと、超お手頃価格。
貨物船の20万円と比較すると破格っぷりが際立って、ロバに乗ってのアフリカ縦断が俄然現実味を帯びてくる。車と違って燃料代はかからないし、そこら辺の道端で草でも食べさせておけばいいだろうからランニングコストもかからない。
少し話は逸れるが…アフリカでロバが安かったのも昔の話であり、今はロバ価格が高騰している。
美と健康と若さに目覚めた中華マダムたちに大人気なのが、楊貴妃も愛用していた天然コラーゲン阿膠(あきょう)。
ロバの皮から抽出したゼラチンのことだ。
かつては高貴な人だけが手に入れられた秘薬も、所得が上がった一般中華マダムたちの旺盛な需要に応えるべく大量生産大量消費の時代に。
楊貴妃も愛用していた阿膠だから私も使う!って…そもそものポテンシャル的にどんなに逆立ちしても世界三大美女にはなれないあなたが阿膠を使ったとて…とは思うが、ブタに真珠、ババアに阿膠である。
現在の阿膠市場規模を考えると年間590万頭分のロバ皮が必要な計算になるらしい。
殺して、皮を剥いで、天日干しにして、煮て、ゼラチンを抽出して漢方『阿膠』になった後は、フェイスクリームやサプリ、お菓子になって阿膠製品として市場に流通。
Amazonでも普通に買える。どれくらいロバ皮ゼラチンが人気かというと…
市場最大手の東阿阿膠(深センA株:000423)の22年の純利益は前年比77%増の7億8000万元、23年の純利益は前年比48%増の11億5000万元。株価はこの2年で約2倍になってる。
ただ…5年後、10年後はどうなってるのか?は分からない。拡大する需要に供給が追い付けるのか?ロバが足りなくなるかもしれない。
阿膠のために中国のロバが激減した後、世界で一番ロバがいるアフリカが主な供給源に。
そのアフリカでもロバが急減してロバ価格が高騰。
事態を重くみたAU(アフリカ連合)は、2024年2月からアフリカ大陸全域でロバ皮の輸出を禁止(国によっては屠殺も禁止)したが、ロバ泥棒やら違法取引が横行。
密猟されるのはゾウやサイだと思っていたら、時代の最先端はロバ狩り。
なお、今年からアフリカ大陸全域から合法的にロバ皮を手に入れられなくなったので、今一番狙われているのはパキスタンとアフガニスタンのロバらしい。
オレがロバを買おうとした頃は中国に阿膠ブームが到来する前だったので安かったと。
あとは、N1号線をロバで走ってもいいか?運輸局に電話で問い合わせして、OKならロバを買おう。
N1号線は日本の高速道路みたいなものだ。
Coolcaesar, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
ただ、ケープタウンに住んでいたオレからすると、ブルームフォンテインまでの1000kmは無料区間なので有料の高速道路というよりかは高速っぽい国道のイメージ。
“1”号線って名が付くくらいだから南アフリカの大動脈であり、ケープタウンを出るのにN1号線を通れないとなると他のどのルートも遠回りになって全くノリ気がしなかった。
そもそもN1号線はアフリカ縦断道ケープタウン・カイロ・ハイウェイの一部である。
運輸局に問い合わせたところ即答であった。
ロバで走っちゃダメだって!!
ちっ…なら、もうロバで行かない!とロバを諦めたが、あの時軽い気持ちでロバで旅に出なくて本当に良かったと心の底から思う。運輸局ありがとう。
バス
ということで、貨物船を諦め、ロバを諦めたオレは、一番無難なバスでケープタウンを旅立つことにした。
プレステを売ったり断捨離したり日本に荷物を送ったりしたが、それでも荷物が多い。
出発に先立ち、スーツケースとお金を台湾人のメラックに預けた。
メラックの友だちだか、友だちの恋人だかというドイツ人(オレは知らない人)が、しばらくしたら滞在先のケープタウンから自宅のあるドイツに戻るらしく、その彼に預けてドイツに持って行って貰えばケープタウンからミュンヘンまでの荷物が減るじゃん!というメラックの提案である。
オレはメラックを完全に信用していたので、そんな彼女が「彼は信用できる人!」と太鼓判を押す知らないドイツ人に荷物とお金の詰まったスーツケースを預けることは躊躇なかったが…
今になってよくよく考えてみたら、オレよりも、そのドイツ人の方がめちゃくちゃリスクが高いことやってた。
知らない人から重いスーツケースを預かって飛行機に乗る…
飛行機の荷物重量制限の問題もあるし、到着先の税関で麻薬の密輸で捕まるのはこのドイツ人みたいに「預かった荷物を運んだだけ!」の運び屋である。
オレが逆の立場だったら絶対に断る。
しかもメラックには「大体1か月後くらいには引き取りに行くって伝えておいて!」と言いながら、実際にミュンヘンまで辿り着いてスーツケースを引き取れたのは9カ月後だった。
知らないドイツ人にスーツケースだけミュンヘンまで先に持って行ってもらったオレは、体の前と後ろに1つずつバックパックを背負い、手にもバッグを持って帰国の途に就いた。
どちらかというと、これから“旅をする”というより、“帰国する”という思考になっていたのかもしれないが、あまり深く考えていなかったのは確かだ。
そうでなかったら、ワインディングマシーン(自動巻き腕時計のゼンマイを巻いてくれる機械)を持って旅しないだろう。
旅には一切必要ないし、ただただ邪魔なだけだ、あんなもん!!
肩が千切れるんじゃないか?と思うくらい重い荷物を持って、ケープタウン発プレトリア乗り換えジンバブエの首都ハラレ経由ザンビアの首都ルサカ行きの3カ国を走り抜けるバスに乗り込んだ。
貨物用トレーラーが連結した、南アフリカ→ジンバブエ→ザンビアを走る国際バス。
アフリカの“先進国”南アフリカに出稼ぎや買い出しで来ていた田舎者たちと荷物を満載にして走る。写真の通り、国境の税関で荷物をいちいち出されるので恐ろしく時間がかかる。
ケープタウンを旅立ってルサカに着いたのは…
49時間後だった
ダメだ、しんどすぎる…
出だしで心が折れたオレは、あの何もないことで有名なルサカで12日間の長期休養に入った。