バカ息子たちと正義

スポンサーリンク

2001年当時のタイで、かなりざわついたニュースと言えば…コレだろう。

21世紀になってもまだこんなことがあるのか?!と、正直オレも衝撃を受けた。

読後に、すっきりしたくない…妙にモヤモヤしたい…そんな方におススメの過去話だ。

ある警察官の死

まずはこの写真を見てもらおう。

仲睦まじい家族写真だが、真ん中に映っているスウィチャイの職業は警察官である。

年間検挙数で表彰されたこともある犯罪制圧課(CSD)の巡査長だった。

2001年10月29日深夜、スウィチャイは他の捜査員3人と一緒に私服でラチャダピセーク通りにあるチャオプラヤーパークホテル内のクラブ20にいた。身代金目的で誘拐されていた中国人女性を前日に救出した事件で、逃走中の誘拐犯一味の情報収集をするためだった。

ここで偶々隣のテーブルに居合わせた酔っ払いグループとトラブルになる。

トラブルの発端は「(私服警官に)足を踏まれた」というもので、スウィチャイ巡査長は38口径の銃で左こめかみを至近距離から撃たれて即死した。

享年35才だった。

ある大物政治家

バンコクはトンブリー地区の大物といえば、チャルーム・ユーバムルンという政治家がいる。

警察勤務を経て政界に転じ、1980年代から複数の政権下で法務大臣や内務大臣など閣僚を務め、インラック政権下では副首相も務めたタイ政界の重鎮である。

常に汚職疑惑が付きまとう灰色政治家としても有名だが…

元裁判官の妻との間にもうけた息子たち3人が、とんでもなく傍若無人なバカ息子たちとしても有名だった。

どれほど有名かというと、新聞の風刺画になるほど。

『逃げろ、チャルームの息子たちが来た』(Bangkok Post紙 1998)

長男アーハーン、次男ワンチャルーム、三男ドゥアンチャルームのバカ3兄弟は、取り巻きを従えて夜の繁華街で飲み歩いては数々の暴力事件を起こすことで有名だった。

特に次男と三男は。

だが、どんなに事件を起こしても権力者であるチャルームパパが駆けつけて助けてくれるので、一度も有罪になったことがない。もし示談に応じない被害者がいると、不思議なことに被害者自体が消えるそうだ。

これが少なくとも“報道されている”バカ3兄弟の年表である。

1997年4月:プーケットのパブで、次男ワンチャルームと4人の取り巻きが地元若者グループとトラブルになり、地元グループの2人が撃たれる。

1998年3月:チャオプラヤーパークホテル内のクラブ20で、次男ワンチャルームと取り巻きたちが下院議員の息子の恋人グループと乱闘。

1998年8月:トーラス・パブで、次男ワンチャルームと取り巻きたちが内務省高官の息子を暴行して病院送りにする。

1998年10月:クラブ・ナルシサスで、長男アーハーンが元カノの女子大生を暴行。

1999年2月:チャルームパパのコネを使って警察官になった長男アーハーンと、次男ワンチャルーム。だが、警察庁に提出した兵役修了証が偽造だったことがバレる。

1999年5月:トーラス・パブの従業員や常連客のためにパタヤで開催されたパーティーで、次男ワンチャルームから暴行を受けたとサウィタ嬢(20)が警察に被害届を出す。どうやらパーティーに自分以外の男性と一緒に参加したことに嫉妬したようで、「オレと一緒に踊ったことがある女は、他の男と踊りに行くことは許されん!」と言って暴行したとのこと。

1999年7月:RCA(メイン客層が10代のクラブ街)で、次男ワンチャルームと取り巻きたちが乱闘騒ぎ。この事件を取材した新聞社のカメラマンからカメラを奪い、車を破壊。

1999年8月:ザ・エメラルド・ホテル地下のクラブ・スパークで、取り巻きたちと乱闘騒ぎを起こした三男ドゥアンチャルームが銃をぶっ放す。目撃者たちは証言を拒否。

1999年9月:三男ドゥアンチャルームが元カノの自宅に押しかけ、本当に留守だったのに居留守と勘違いし暴れ、ご近所さんに通報される。

2000年1月:次男ワンチャルームと取り巻きたちが暴行事件を起こし、被害者を病院送りにする。報道陣の前でチャルームパパは「二度と息子たちには夜遊びさせない」と公言。

2000年3月:長男と次男の兵役修了証偽造の件を捜査していたリキット検察官の暗殺未遂事件が起こり、殺し屋4人が逮捕される。供述では、チャルームに近い“クキアット”なる人物から5万バーツ(約17万円)で殺しの依頼を受けたことを明らかにするが、チャルームパパは「私のような男は誰かを殺すために人を雇うようなことはしない。やるなら自分で殺す」と謎の論理で首謀説を完全否定。

2000年10月:三男ドゥアンチャルームが大学生と乱闘騒ぎ。トンロー警察署に連行されるも、すぐにチャルームパパが駆けつけ「警察は腐っている」と警官たちに罵声を浴びせる。

これが、当時夜の街で最も出会いたくなかったバカ3兄弟である。

そして事件は起こった

2001年10月29日、長男アーハーン、次男ワンチャルーム、三男ドゥアンチャルームのバカ3兄弟は取り巻きたちと10人ほどのグループで、ラチャダピセーク通りにあるチャオプラヤーパークホテル内のクラブ20にいた。

偶々隣のテーブルにいたのが、スウィチャイ巡査長ら4人の私服警官たちである。

ウィスット警部が誤って三男ドゥアンチャルームの足を踏んだという理由で口論になり、ドゥアンチャルームは銃を取り出してウィスット警部に銃口を向けた。とっさに近くにいたスウィチャイ巡査長がドゥアンチャルームの髪を引っ張った直後、頭部を撃たれて即死した。

犯行に使用された銃は、すぐにドゥアンチャルームのお抱え運転手が現場から持ち去り、ランドクルーザーで逃走。バカ3兄弟も現場から立ち去った。

ついに…ついにあのバカ3兄弟が警官を殺しおった!!

さすがに今回ばかりはチャルームパパも息子をかばいきれないだろう…

オレはそう思っていた。

事件後、三男ドゥアンチャルームは海外逃亡する。

最初はカンボジアでカジノに出入りしているところを目撃され、次にマレーシアと、約6か月間にわたった息子の逃亡中、チャルームパパは報道陣に対して「息子の無罪」を主張し、海外逃亡の理由を「警察によるリンチから息子を守るため」とした。

さらにチャルームパパは、“真犯人”とするチャルームチョン(30)という似たような名前でややこしい男と一緒に警察署に“自首”する。『タイあるある』の身代わり作戦だが、「自称“真犯人”の供述が信用できない」として警察に一蹴されている。

一方、殺人罪の容疑がかかって逃亡中の三男ドゥアンチャルームに対して、次男ワンチャルームも弟の逃亡ほう助と武器の違法所持の罪で起訴され、罰金1,000バーツ(約3,400円)。

2002年5月、マレーシアのタイ大使館に自ら出頭した三男ドゥアンチャルームは、タイに移送され逮捕される。

タイでは、とりあえず出家して反省してみせると刑務所に入らなくても済む場合があり、彼もしっかりと髪の毛を剃って出家パフォーマンス。もちろん一般人は使えない金持ち or 権力者限定の必殺技なので、我々が真似をしても無意味だ。

殺人罪に問われた裁判では、事件直後には少なくとも29人いたはずの目撃者が次々と証言を撤回し、店のバーテンダーの「ドゥアンチャルームがスウィチャイ巡査長に向かって引き金を引くのを見た」という証言は「警察と親密な仲の人物であり証言は信用できない」として却下された。

存在していたはずの店内の防犯カメラ映像がなくなっており、犯行に使われた銃も見つからず、物証がない状態で最終的に下された判決は…

証拠不十分で無罪

正直…ここまでだとは思ってもいなかった。

マスコミの注目を浴び、国民の視線が注がれている中で、いくらタイの司法が腐っていてもさすがに変なことは出来ないだろう…と。しかも、警察も身内が殺害され、組織のメンツをかけた法廷闘争だ。

この事件で、オレはタイ司法に完全失望した。

その後

さて、警官殺しの罪で無罪になった三男ドゥアンチャルームのその後だが…

その射撃の腕を買われて2012年から警官になった。

今は出世して射撃教官(警察大佐)である。裏でチャルームパパが相当な根回しをしたと報じられているが、本人は「私の正確な射撃スキルが警察に必要されたから」と否定している。

警官殺しが警官になり今や警察教官とは。

YouTubeで銃を撃つ彼の近状を見ることが出来る。

一方、14才の時に父スウィチャイ巡査長を“何者か”に殺害された息子キティサック。

一家の大黒柱を失い、母と子は月5,000バーツ(約17,000円)の遺族年金をそれぞれ受け取っていたが経済的には苦しい生活だったそうだ。

そんなキティサックも大人になり…

2012年から父と同じ警官になった。

彼のインタビュー記事(タイ語)があるが、その中でキティサックは「(未だ不明の)父親殺しの犯人について思うことは?」と聞かれ、「裁判所の決定を尊重しており、犯人に対して怒りを抱いていない」と答えている。

また、バカ3兄弟の中で一番素行が悪かった次男ワンチャルームのその後だが…

保健大臣補佐官や、運輸次官補を務め、タイ貢献党から下院議員選挙に出馬して当選して、ようやくまともな大人になったようである。

そんなワンチャルームの2018年の近状がこちら。

2018年4月23日の夜、息子(チャルームの孫)のアーチャイン(21)と7~8人の取り巻きと一緒にトンロー・ソイ10のデモ・パブに飲みに行き…

そこで、MTSゴールド(興隆金行)の御曹司パヌワット(34)に殴る蹴るの暴行を加えて逮捕。もちろん息子(チャルームの孫)のアーチャインも逮捕。

パヌワットの取り巻きたちは、ワンチャルームのグループが銃を取り出して空に向かって威嚇発砲したので何も出来なかったと証言。

この時もチャルームパパが息子と孫を守るため警察署に駆けつけた。

全然変わってねーし、バカ息子の血が受け継がれておるっ!

スポンサーリンク
広告(大)
広告(大)

この記事をシェアする

フォローする

関連コンテンツユニット
スポンサーリンク
広告(大)