モンドセレクション金賞候補作(仮)2

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アフリカで免許を取る

もちろんボクだって、思いついたことを何も準備せずにいきなりぶっつけ本番で実行に移すほどバカではない。そこには綿密な計画と周到な準備があったのだ。

自分で車を運転して行きたい場所に行き、キャンプ生活を送りながら普通の旅行者がなかなか訪れることが出来ないアフリカの深部に足を踏み入れるために、まず準備すべきものは何か?

そう、運転免許証だ。

国際免許証を作ったことがないボクは、ケープタウンでは当初日本の免許証でレンタカーを運転していた。南アフリカでは外国の免許証であっても、発行国の領事部で作成した英語の翻訳証明書を免許証と一緒に携帯していれば運転が出来る。ところが、事もあろうにその大事な日本の免許証を紛失してしまった。酔っ払ってベロベロで帰ってきた時に財布ごとどこかに落としてきてしまったらしい。

仕方がないので、次はタイ大使館で翻訳証明書を作成してもらいタイの免許証を使っていた。日本の免許証がなくてもタイの免許証が使えるのであれば何の問題もなさそうだが、ボク自身はタイの免許証をあまり使いたくなかった。ケープタウンを離れて見ず知らずの土地に行くとなれば尚更である。理由は簡単で、ボクのタイの免許証には若干の問題があったからだ。

あれは、免許の更新でバンコク第三陸運局に出向いた時のことだった。

半日近く待たされた末、ようやく制服姿の担当官に呼ばれてカウンター越しに新しい免許証を受け取る。新しい免許証を確認すると、有効期間が八年七カ月と謎に中途半端であることにも驚いたが、もっと驚くことを見付けてしまった。

慌てて戻り、受け取ったばかりの免許証をおばちゃん担当官の顔の前に突き出す。

「印字されているボクの名前、スペルが間違っていて変な名前になってるんですけど……」

「マイペンライ(大丈夫)!」

手に取ろうとすらせず一瞥しただけでサクッと断言してきたが、ボクは知っている。絶対に大丈夫ではないのだ。銀行口座の名義と免許証の名前が違っていたら、手続きをする時に面倒に巻き込まれるのはボクである。住所が間違っている程度ならどうでもいいが、名前が間違っているのはさすがに看過できない。

この一大事にもかかわらず全く関心を示さないおばちゃん担当官に必死に食い下がる。

「はいはい、わかったから! どれ、ちょっとこっちに渡しなさい」

名前が間違っている免許証を所持し続けることを考えれば、これは致し方ないことだというのは分かっている。ただ、それにしてもだ。今までも散々待たされているのに、免許証の再作成ともなればさらに何時間待つことになるのかとうんざりする。

だが、待ち時間に関しては杞憂に終わった。

「これでここを……こうして、こうすれば……はい、何の問題もなし!」

待ち時間一分の早技だった。ボクの目の前でおばちゃんはカッターで免許証をガリガリと削って間違っている文字を消し、なんとボールペンで正しい文字を書き直した。

これが国家公務員による公文書偽造の犯行現場を目撃した時の一部始終である。新しい免許証を手にしたその日から、ボクの免許証は名前の一部がボールペンによる手書きという怪しさ満点の免許証だったのだ。それから三年、警察の検問や銀行の窓口など数え切れないほど免許証を提示してきたが、陸運局のおばちゃん担当官が言っていた通り何の問題もなかったばかりか指摘されたことすらない。だか、それはあくまでもタイ国内での話であってアフリカでも問題にならない保証などどこにもないのだ。リスクの高さを考えるとタイの免許証で旅に出る気にはどうしてもなれなかった。

紛失した日本の免許証を再発行して、それを元に国際免許証を取る方法はどうだろう。日本国内であれば最寄りの免許センターに行って再発行してもらえば済む話かもしれないが、海外となるとそう簡単にはいかない。再発行の為だけに南アフリカから日本まで帰国するしか方法がないのだ。免許証を酔っ払って失くすというバカさ加減を棚に上げれば、失くした免許証の再交付のためだけに遥か一万四〇〇〇キロも離れた日本に帰国するのは時間とお金の面からしてバカらしい。

そうなると、残された道はひとつ。南アフリカで現地の運転免許証を一から取得するしかなかった。

南アフリカで免許証を取得するのは、日本とは少しだけ勝手が違う。

まず運転免許試験センターに行き、列に六時間ほど並ぶ。その日のうちに列の先頭に辿りつけたら晴れて筆記試験に申し込むことが出来るが、当の試験日は平均して三カ月後である。待ちに待った三カ月後の試験で不幸にも不合格になってしまうと再度三カ月前と同じ列に並び直す羽目になるが、幸運にも合格を勝ち取った場合は新たな列に六時間ほど並ぶ権利を獲得できる。新たな列で申し込むのは実技試験である。実技試験の場合は、申し込んでから実際に試験を受けられる日まで平均四カ月ほど待つ必要がある上に、合格率はたったの四〇%と言われている。

ストレートで合格しても免許証を手に入れるまでには七カ月と一二時間もかかるわけだが、ボクにはそんな時間の余裕はない。もう既にアフリカを巡る旅に出る気満々になっているということもあるが、時間の経過と共に冷静にでもなってしまった暁には、怖くなって旅そのものを止めてしまうかも知れない。

今すぐに免許証が欲しい!

親友のヘルガに相談してみたところ、最終的には免許センターで一番偉い警部に頼み込んで、申し込みから受験までの期間を可能な限り短くしてもらうしかないのではないか?という結論に達した。だが問題はどうやって警部に特例を認めてもらうかである。

二人で宙をみつめたり、腕を組んだり、テーブルの上で頭を抱えて、しばらく考え込んでいると、突然ヘルガが何かを決心したように声を上げた。

「こうなったら仕方がないわね」

声に反応して顔を上げると、彼女はかなり肉付きが良い自らの体のラインに沿って指を這わせながら腰をくねらせるという珍妙な動きをしている。

「あなたのために私が色仕掛けで警部を口説き落としてあげてもいいわ」

なかなか面白い冗談を言うじゃないかと思ったが、彼女の目を見てボクの顔から一瞬で笑顔が消えた。まずい、本気の目だ。

「逆効果でしょ!」

危うく口から出かけた言葉をすんでのところでグッと飲み込む。

「ありがとう。でも、それは最後の手段に残しておこう。まずは自分で何とかしてみて、どうしてもダメだった時にそのセクシーさで警部を悩殺してもらうから」

これは絶対に自分で何とかしないといけない。ヘルガのおかげで本気になったボクは、無駄に迷うことを止め直球で勝負することにした。まずはケープタウン運転免許試験センターで普通に列に並んで筆記試験を申し込む。言い渡されたボクの試験日は、平均よりも待たされて四カ月後だった。だが、こんなことは既に計算済みであり、ここからが勝負だ。

四カ月後の受験日が書かれた紙を手に、センターで一番偉い警部がいる部屋のドアをノックする。

「今すぐに車で旅に出たいので、筆記試験ごときに四カ月も待てません!」

突然現れた東洋人の突拍子もない申し出に、警部も相当抵抗してくることが予想されたので、ああ言われたらこう言い返してやろうと様々なパターンを脳内でシミュレーションしながら警部の反応を待つ。

「あっ、そう」

あれ? 拍子抜けするほど軽い反応だ。

「じゃあ、四日後にテスト受ければ?」

想像していたのと全然違う。もう少し「そんなのダメに決まっているだろ!」「そこを何とか……警部の力で何とかしてくれるまで、ボクは毎日でも通いますよ!」みたいな戦いが少なくとも数日は続くものと覚悟していたというか、そのつもりでいたから肝心の試験に関して何も調べていなかったではないか。

一瞬で目的を達成してしまったが、心の準備も試験の準備も出来ていなかったので妙なプレッシャーを感じて緊張してきた。慌てて筆記試験用の『傾向と対策本』を買って四日後に向けた猛勉強を始めた。さらにカンニングペーパーを作成して試験に備えるが、まだ試験対策としては安心できない。

念には念を入れて、免許センターに電話を入れておいた。

「あのお……ボクの英語レベルでは試験問題の意味が分からない可能性もあるので、試験に英和辞典を持ち込んでもいいですか?」

前代未聞の要求だったようで、相手もしばらく絶句。そこで、「言語辞典だから何も問題ないはずだ」などという自分でも意味不明な理屈で畳み掛けると、渋々許可が下りた。

許可が下りたついでにもう一つお願いを追加する。

「あのお……試験問題の意味を英和辞典で調べていたりしたら普通の人よりも時間がかかってしまうので、ボクだけ試験時間を無制限にしてもらってもいいですか?」

相手も面倒くさい奴だと思ったのだろう。投げやりに「好きにしろ」と、これまた許可が下りた。

警部に直訴してからわずか四日後、ボクは四〇人ほどの南アフリカ人たちに交じって張り詰めた空気の充満した免許センターの試験会場にいた。英和辞典を手に筆記試験に挑むが、予想していたよりも問題が難しくペンを握る手が汗ばんできた。

突然、試験官がボクの斜め向かいの席へ一直線に歩み寄ってきた。その席にいた受験者から無言で答案用紙を取り上げ、その場でビリビリに破り捨てて一言。

「出て行け!」

どうやら南アフリカではカンニングが見付かると、目の前で答案用紙をビリビリに破り捨てられるようだ。ボクは辞典に挟んで持ち込んだ虎の巻をそっと握りつぶして窓の外に投げ捨てた。もう己の力だけで解くしか残された道はないようだ。

制限時間が過ぎ、試験官たちの視線を一人占めしながら完成させた答案用紙を提出し、その場で結果が出るのを待つ。

「南アフリカ人でも一発合格は珍しいのに、よくやった」

試験官にそう言われながら渡された紙には『合格』の判が押されていた。

試験に申し込んでわずか四日後に仮免許を手に入れてしまった。次は実技試験だが、こちらも通常は申し込んでから四カ月は待つ必要がある。

日本の伝統的お家芸である愛想笑いをしながら部屋に入っていくと、警部が「また来たか、こいつ」と明らかに嫌な顔を向けてきた。

警部のご想像通り、ボクは再び特例措置を要求した。

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