モンドセレクション金賞候補作(仮)1

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きっかけ

二六才のボクは、中古の四輪駆動車を買って彼女と二人で行き当たりばったりの旅に出た。

ある日はゾウの通り道を避けてテントを張り、別のある日はテントの周りをハイエナに囲まれながら眠りにつき、毎日テント生活を送りながらの旅であった。

一〇〇日間にわたった旅を振り返ってみれば、ナミブ砂漠を南から北に縦断し、カラハリ砂漠を西から東に横断し、大陸を大西洋からインド洋まで横断して全部で九カ国を走破した。そのほとんどが未舗装の凸凹道だったが、総走行距離は二万一〇〇〇キロに上り、地球を半周したくらいの距離を運転したことになる。

これだけを聞くと、ボクがもともと自然と触れ合うのが大好きなアウトドア派であるかのように思ってしまうかも知れないが、それは完全なる誤解である。この旅の直近でキャンプに行ったのはいつのことか、記憶の中を辿ってみたら小学生の頃まで遡ってしまった。それ以来のキャンプともなると、二六才のサラリーマンがランドセルを背負って通勤してしまうくらい久しぶりの事である。通勤電車でサラリーマンがランドセルを背負っているのを見かけたら違和感を抱くように、ボクもアウトドア派呼ばわりされると違和感を抱くのはこの十数年というブランクのせいだ。しかもよくよく考えてみると、一人でキャンプに出掛けるほど他人から憐れみを抱かれるような寂しい小学生期を過ごした記憶はないので、間違いなく誰か他の人と、それも大人と一緒に行っているはずである。ということは「己の力でテントを張ったことなど今までに一度もない」と胸を張って断言しても許されるだろう。

そんなボクが本格的アウトドア・デビューを果たしたのは、素人のデビュー戦としては最適と言われている、あのアフリカだった。

当時、ボクは南アフリカの都市ケープタウンに留学をしていた。

今までに一度も訪れたことがない地域へ留学してみようと思い立ち、北米やヨーロッパも含めた選択肢の中から最終的に選んだのがアフリカだった。

「なぜ、よりによってアフリカ?」

面接でもないのに幾度となく同じような質問をされてきたが、いつも答えに窮してしまう。無理に答えようとして「幼少時から憧れていた」とか「将来性に惹かれて」とか、思ってもいない志望動機のような嘘はつきたくない。わざと不明瞭に発音して≪アメリカ≫と間違えてくれたら、こんなに理由を問われることもないのではないかと思ったことすらある。

憧れても惹かれてもいないが、ひとつはっきりしているのはボクにとってアフリカが地球上で最も遠い存在だったということだ。自分と外の世界をつなぐ接点が大きかったり多かったりすればその世界に対してグッと親近感が湧いてきたりするが、ボクとアフリカとの間には接点がひとつもないように思えた。大体、人類発祥の地アフリカと言われたところで、初代ご先祖様の故郷だからと親近感が湧いてくることはない。

それに、ボクはアフリカに対してあまり良いイメージを抱いていなかった。アフリカと聞いてまず思い浮かべるのは、アカシアの生える広大なサバンナと野生動物たちのいる風景、そして、頻発するクーデターや紛争、貧困や飢餓やエボラ出血熱流行などの暗いニュース。不思議なものでネガティブな情報の方が記憶に残りやすく、その情報を元に形成されたイメージが「アフリカというのは怖いところ」だった。

ようやく自分から進んで情報収集するようになったのは、南アフリカが留学先の選択肢に入ってからだ。これまでは全くの受け身で得た情報だけだったが、自発的な情報収集によってアフリカの真の姿を知ればネガティブなイメージが払拭されるかもしれない。手始めに外務省の安全情報を読んでみると、「南アフリカの都市中心地では殺人、強盗、強姦、恐喝、暴行、ひったくり、車上荒らし、麻薬売買等の犯罪が昼夜を問わず多発している」などという世にも恐ろしいことが平然と書いてある。他にも調べてみたが、さすが治安が世界最悪レベルの南アフリカだけあって犯罪ネタは枚挙にいとまがない。結局、調べれば調べるほどネガティブなイメージは払拭されるどころか大いに増幅されてしまったのは言うまでもない。

それにもかかわらず南アフリカを留学先に選んだのは、ある決断の反動である。

ボクは安定志向とは無縁の、変化を恐れない人間だと自負していたし、現状にしがみつくようになったら格好悪いとすら思っていた。過去から築き上げてきたものを捨てて一から新たなことを始めることは、もし自分が望んでさえいれば何の迷いもなく簡単に出来るはずだと信じ込んでいたのだ。

築き上げてきた時間として長いか短いかは別として、ボクはタイに住んで六年が経っていた。

「広い世界を見てまわりたいから、しばらく日本には帰ってこない!」

鼻息も荒く日本を飛び出して一年。想像以上に大きかったインドネシアに半年近くも手間取ってしまい、まだアジアすら出ていないのにお金が尽きてしまったのが偶々タイだった。鼻息荒かった分だけ意地もあり、金欠で栄養失調になり入院するほどの状況に陥ってもなお日本に帰ることや、親に援助を求めることだけは絶対にしたくなかった。

そんな中で色々な偶然が重なって出会い、拾ってくれた台湾華僑が経営する会社で働き始めたボクは、三年が経つ頃にはドイツの高級車に乗れるほどの収入を得るようになっていた。つい三年前までの極貧生活を思えば自分でもびっくりの成金ぶりである。さらに華僑と共同出資して設立した機械の輸入販売会社では、社長という肩書も手に入れ、会社も地味にではあったが堅調に成長していた。

このままボクは残りの人生をバンコクで過ごすのではないか。いよいよ二〇代も後半に入って漠然とではあるが現実味を帯びつつある自分の将来を意識し始めた時、それまで心の奥で眠っていた本来の目的が頭をもたげてきた。ボクはタイでビジネスがしたくて日本を出てきたわけではない。時間の経過と共にすっかり鼻息は穏やかになってしまっていたが、そもそも広い世界を見てまわりたくて日本を出たのだ。それがどうだろう、振り返ってみればこの七年間で見た≪世界≫はアジア八カ国だけという事実がボクをやけにモヤモヤした気持ちにさせた。

このままタイに永住してしまったらいつか絶対に後悔する、そんな気がした。

そこでボクは初志貫徹のため一切躊躇することなくタイでの生活を捨て去り、新天地アフリカで一旗あげるための足がかりとして留学することにした……というのは全くの嘘である。あれほど現状にしがみつくことを格好悪いと思っていたはずなのに、いざタイでの生活を手放そうとすると心の底から未練が込み上げてきてボクは動揺した。物質的に失うものは目に見えているが、先のことが全く見えない状態というのは人をひどく臆病にさせるようだ。六年の過去が築き上げたものだけでこれだけ未練を抱くのだから、さらに年月を重ねて物質的にも精神的にも重りが増えてしまったら振り払えるだけの自信がない。

そして何よりも、決断を先延ばしに出来なかったのは、いつ死が訪れるかも分からない一度きりの人生で後悔をしない生き方をするには自分の価値観の中で優先順位が高いことから先に実行しなければ……という焦燥感のようなものを抱いていたからだった。

とは言っても、何かを失わない限り何かを得られない時の選択というのは想像以上に決断力を要するものであった。ボクは自分の意思を貫き通すだけの強靭な精神力を持ち合わせていないので、まずは周囲にタイ生活からの卒業を宣言してしまうことで退路を断つことにした。外堀から埋めて後戻りできない状況を作り出すのだ。さらに、バンコクでの安定した生活という日常を捨てるには大きなエネルギーが必要だったので、そのエネルギーを相殺するだけの強烈な非日常感がある場所を次の行き先として選ぶことにした。興味があるかどうかは二の次で、ボクにとって地球上でもっとも遠い存在である場所が望ましい。

そうなると、ボクにとっては謎だらけの暗黒大陸であるアフリカしかない。

決断から三カ月、いくつかの段ボール箱とスーツケースを手に暗黒大陸アフリカに引っ越してきたボクを待ち受けていたのは、それまで抱いていたステレオタイプなアフリカのイメージを根底から覆す街だった。オープンカフェで挽きたてのコーヒーを飲みながら眺めるケープダッチ様式建築の街並みやネオクラシック様式建築の建物からはヨーロッパの香りがしたが、少し視線をずらして見上げた高層ビルからはアフリカの香りがしてこない。ゆらめく太陽の下に晒されて灼熱のアフリカを感じようと外に飛び出してみても、体を包み込むのは心地よくカラッと乾燥した暖かな陽気。まるでギリシャのリゾート島にいるかのように快適なのは、ケープタウンが地中海性気候に属しているからだ。気候がよいので今宵のメインディッシュを賭けて猛獣と戦う時の動きにもキレが出そうだが、ケープタウンでは夕食のために狩りに出る必要がない。この街は世界有数のグルメ都市であり、世界中の料理が食べられるだけの数のレストランがあるからだ。

確かに治安に関してはお世辞にも良いとは言えない。ボクがケープタウンで住んでいたのは、塀には電流が流れる有刺鉄線が張り巡らされていてアラームシステムが作動するとすぐに銃で武装した警備員が駆けつける、その地区ではごく一般的な家だ。それでも夜中に何者かが敷地内に侵入してきて庭に置いてあったビーチチェア二脚のうちなぜか一脚だけを盗んで行ったことがある。防犯対策のため家の全ての窓には鉄格子がはめられており、玄関は通常のドアと鉄格子のドアの二重扉になっているのは、南アフリカでは一日平均六〇件ほどの押し込み強盗があるせいだ。

治安が多少は悪くてもボクはケープタウンの雰囲気をとても気に入っていたし、何よりこの街での生活を大いに満喫していた。引っ越して来てから知り合った友達と毎日のように行きつけの店で地元のワインを飲み、夜になるとバーに繰り出す。週末は誰かの家に集まってブラーイ(南アフリカのバーベキュー)パーティーをしたり、数人でレンタカーを借りてケープタウン近郊を巡ったりして楽しい日々を過ごしていた。

だが住み始めて半年が経つ頃には、良くも悪くもアフリカらしくないケープタウンでの生活が、強烈な非日常感を求めて、バンコクでの安定した日常まで捨ててきたというのに、いささか物足りなく感じつつあった。場所と環境が変わっただけで、友達と集まってワイワイ飲んで騒いだりするのはバンコクにいた時とあまり変わらないではないか。ケープタウンでの生活が楽しくてすっかり忘れていたが、バンコクでの生活を捨てる決断をした時に要したあの大きなエネルギーを相殺するだけの非日常感をボクはまだ味わっていない。

よく考えたら、引っ越してくる前はアフリカという響きに広大なサバンナと野生動物を連想していたにもかかわらずまだライオンもゾウも見ていなかった。

アフリカの南端ケープタウンから視線を上げて北を望んでみれば、そこにはボクがまだまだ知らない巨大な大陸が広がっていた。ケープタウンはアフリカの一部だが全てではない。まだ見ぬアフリカへ、強烈な非日常感を求めてディープなアフリカへ、実際に行けるところまで行ってみたら面白いかも知れない。気持ちはすでに南アフリカを飛び出して『外国』に向かっていた。

大自然の中に飛び込んでこの目で野生動物を間近に見るとなれば、ボクのこれまでの人生では無縁なアウトドアという非日常な世界に足を踏み入れることになる。大体アウトドア好きな人たちといえばキャンプをしているイメージがあるから、とりあえずキャンプはしないといけないだろう。

よし、キャンプをしながらディープなアフリカを探しに行こう!

我ながら素敵なことを思い付いてしまったが、問題はどのような形で実行に移すかだ。

よく分からないが……きっと、アウトドアというのは硬派な娯楽であるはずだ。地平線まで続く広大なサバンナの中心で、生まれたての姿にガウンだけを纏い、ブランデーを転がしつつ葉巻をくゆらせて「地球って丸いよね」と呟いてしまうようなダンディズムこそアウトドアの真骨頂ではないのか。それを、どこの馬の骨とも分からない人たちと一緒になってツアーで行ってはボクのダンディズムを遺憾なく発揮できない恐れがあるばかりか、万が一にもツアーメイトがチャラチャラした軟派な奴だったらアウトドアを冒涜することになりはしないかと心配だ。そう考えると、自力で行くしか選択肢は残っていなかった。

よし、車を買って自由気ままにアフリカを巡る旅に出よう!

こうしてボクはアフリカで華々しくアウトドア・デビューを飾るという素敵な思いつきを実行に移すことにした。

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