映画『判決、ふたつの希望』

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毎回映画を観たら記録としてブログに書くつもりなのに、先月観たドイツ映画『ヒトラーを欺いた黄色い星』(7月28日公開)を書き損ねた…

今回は、先週観たレバノン映画を。

判決、ふたつの希望

2018年度アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品で、日本では8月31日から公開。

東京だと、有楽町のTOHOシネマズシャンテで上映してる。

あらすじはこんな感じ。

レバノンの首都ベイルート。その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人のヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。このとき両者の間に起きたある侮辱的な言動をきっかけに対立は法廷へ持ち込まれる。やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、この裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は巨大な政治問題となり、“ささいな口論”から始まった小さな事件はレバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった……。出典:Filmarks

正直、このあらすじだけ読んでも全然面白くなさそうなんだけど(笑)、実際に観た感想としては…ここ最近に観た映画の中では一番よかったかも。

あらすじを補足すると、レバノン人のトニーはキリスト教右派政党『レバノン軍団』の熱烈な支持者。政治集会には毎回参加し、仕事場ではいつもレバノン軍団党首の演説を流すテレビ放送を聞いている。レバノン軍団は“よそ者”であるパレスチナ難民排斥を訴えており、なんだか昨今のヨーロッパでの難民排斥運動とダブる。

一方のヤーセルは、まさしくその“よそ者”であるパレスチナ難民で、不法労働者としてレバノンで工場現場の監督をしている。

そんな若干クレーマーチックなトニーと、謝りたくない頑固者のヤーセルが、しょうもないことで諍いを起こす。

諍いは裁判に発展するが、当の本人たちの思惑とは別に周囲を巻き込んで問題はどんどん大きくなっていってしまう。

これだけ聞くと、難民排斥思想に影響されているトニーが悪者で、パレスチナ難民であるヤーセルが被害者のようだし、映画を観ていても途中まではそんな感じで話は進んでいたんだけど…そこまで単純なストーリーの映画じゃなかったからこそよかった。

レバノンのことを全然知らなくても十分楽しめる映画だとは思うけど、多少は歴史的バックグラウンドを知っていた方が理解は深まるかも。

歴史的バックグラウンド

イスラエルが建国されたことで土地を失ったパレスチナ人たち。

「イスラエルから土地を奪い返すぞ!」とPLO(パレスチナ解放機構)が設立され、当初は隣国ヨルダンを拠点にしてイスラエル相手に武力闘争を開始。

ところが、居候先のヨルダンが「PLOが国内にいるせいで厄介事が増えて邪魔!」と追い出すことに…

PLOはヨルダンを追われ、今度はレバノンに拠点を移す。

新たにPLOを受け入れたレバノンは、キリスト教徒とイスラーム教徒が微妙なバランスの上に成り立っている宗教モザイク国家。

そんなレバノンにイスラーム教徒であるPLO&パレスチナ難民が大挙して押し寄せてきたら、バランスが崩れて困るのがレバノン国内のキリスト教徒勢力。

そんな中で起こったキリスト教徒勢力と“よそ者”PLOの衝突が発端となって、泥沼のレバノン内戦を引き起こす。

PLOにはレバノン国内のイスラーム教徒や、周辺国のシリアやイランが加勢。

一方のキリスト教徒側に加勢したのはPLOと敵対するイスラエルで、利害が合致したと。

内戦中だったレバノンにイスラエル軍が侵攻し、PLOをレバノンから駆逐する。

最初にイスラエル建国のせいで故郷を追い出されたと思ったら、次にヨルダンから追い出され、さらにはレバノンからも追い出されることになったPLO…

このイスラエル軍によるレバノン侵攻の時に、パレスチナ難民キャンプを襲って大量虐殺したのが当時イスラエル軍と一緒になって戦っていたキリスト教徒の民兵組織『レバノン軍団』だ。

『レバノン軍団』の母体になっていた極右政党ファランへ党はナチスにかなり影響されたファシズム政党で、そういう民兵組織と組んでいたイスラエルって…どうなんでしょうね?

そして、その時のイスラエル国防相の名前はシャロン

シャロンは、レバノン軍団によるパレスチナ難民大量虐殺を手助けしたとして引責辞任しているが、後にイスラエルの首相にまで登り詰めた。

映画の中でも『シャロン』という名前が出てきて、誰?と思ったら「ゴリゴリの対パレスチナ強硬派で、PLOを潰すためにレバノンに侵攻した時のイスラエル国防相で、間接的にパレスチナ難民大量虐殺に加担した人」と理解すればいい。

別に知らなくても映画は楽しめるけど、以上の情報が頭に入ってればよりいいかと。

実はオレ自身は、レバノンは行ったことがない。

本当は行く予定だったんだけど、ちょうどヨルダン、シリアと北上している時にイスラエル軍によるレバノン侵攻(2006)が始まって絶賛空爆中だったので行かなかった。

この時はイスラエルの相手もPLOじゃなくてヒズボラになってたけどね。

シリアの首都ダマスカスではヒズボラの事務所が大々的に義勇兵の募集をかけてて、町中にもヒズボラの指導者と思わしきおっさんのポスターで溢れておった。

そういえば、戦争中のこの時期にチャリンコでレバノンに行ってた人がいたな…

久しぶりに彼のブログを見てみたが、残念ながらレバノンのことは書いていなかった。

その代わりに彼がレバノンの次に立ち寄ったシリア・ダマスカスのことはブログに書いてあった。

今日こそ出発する予定だったのですが、ナイロビで会って、エチオピアで会って、イエメンで一緒に旅行して、カイロでも会った友人が、いきなり昨日同じ宿に到着して、「せっかくだから一緒にゴラン高原に行こうよ」と誘われると断るわけにも行かずに今日はゴラン高原に行ってきました。

これって…オレのことじゃん。

「断るわけにも行かず」って、嫌々だったんか?!

うん、確かに一緒にゴラン高原に行ったな、思い出した。

そして、あれが彼に会った最後だったことも。

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