大人の階段

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今週、ついに30の大台に突入することになりました。

誕生日を日本で迎えるのは、19才になった時以来だから・・・11年ぶりか?

20代で日本に住んでいたのは、ここ最近の10か月だけ。

10代の頃から狙っていたわけではないが、振り返ってみれば20代は海外一色になってしまった。

来たる30代

そうなると、30代はどうなるのか?というのはちょっと楽しみだったりもするわけです。

そもそもが、他人にも自分にも予測出来てしまう未来はつまらないという“自己満足的考え”を持っているので、そういう意味では今の自分さえも裏切るような30代になれば面白いかな?と思ってたりして。

ただ、残りの人生が365日×30年=10,950日と、どんどんカウントダウン式に少なくなっていくのを考えるとちょっとした焦りも出てきちゃうわけです。

ここが難しいところで、焦って頑張ったりするとマシなことにならない場合が多いので、焦る気持ちを抑えつつ「いかに頑張らないで、面白い人生を歩めるか?」は結局のところ運次第かと。

おっさん

ところで20代と30代とでは、イメージ的に30代の方が『おっさん度』では俄然差が出てしまうわけです。

もちろん、30代だけど「俺ってまだまだ若い」と思っている人は沢山いるわけで、実年齢と脳内年齢にギャップがある場合も多々あるけど、そんなもんは自意識の問題であって、実際にはもう「おっさん」の仲間入りを果たしているのは事実なのです。

だって、自分が10代とか20代前半の時に、30代のくせに無理して頑張ってる女を見ると「ババアのくせに気持ち悪ぃー!」と思っていたわけですよ。

昔は、特に相手が男の場合は30代も40代も50代も区別なんてつかなかったし。

今の俺が70代と80代と90代の見分けがつかないのと一緒で。『おじいちゃん』というジャンル一括りでいいでしょ?

同じように10代や20代前半の女からしても、30代の男なんておっさんなわけじゃないですか? それを調子こいて「俺ってまだまだ若い」とか言ってたら、「ジジイのくせに気持ち悪っ!」と思われるのがオチなのです。

30代か?40代か?なんて細かいことなんて、ガキには区別できないですからねぇー。

そんなもん「若い人」と「若いつもりの人」がいたら、誰が好き好んで「若いつもりの人」の方を選ぶ人がいるんだ?って話になるわけで。

あえて選ぶんだったら、偽物より本物の方がいいでしょう。

今年の1月に15年ぶりくらいに中学時代の同窓会をしたことは前にもちょろっと書いたが、そこに来ていた何人かの女には驚愕しましたよ。

なんか化粧は濃いし、ファッションとかすごく頑張ってる感は伝わるんだけど、限界に挑むチャレンジャーを見ている感じで、その健気な姿に目がしらが熱くなると同時に痛々しさすら感じてくるわけですよ。

誰とは言わんけど。

年相応の自覚を持った方が魅力的だと思うんですけどね。

あえて偽物キャラになるメリットが分からん。

これはいわば、20才の成人が10才児のフリしてランドセル背負って会社に出勤するのと何が違うんだ?って話でしょ? こんな奴がいたら、クビになりますよ!

さらに言えば、10才の子が「バブー」とタラちゃんしながら、0才児のふりしてママのおっぱいに吸い付くのと何が違うんだ?って話です。幼児プレイ好きかどうか?は別として、お前なんて自分で思ってるほど大して可愛くないんだぞ!という事実を直視するべきなんです。

それが嫌なら、学校までハイハイしながら通学すればいい話なわけで。

ヒザがボッロボロになるけどな。

いずれにしても、イタい人であることに変わりはないのです。

逆もまた然り、30才なのに尋常じゃないほどの悲愴感やら生活臭やら色んな負のオーラを漂わせている上に、見た目が谷村新司みたいになってたら、それはそれで一線を越えてしまった感があって、思わず目を背けてしまうのです。

「嗚呼、あいつも俺の知らない未知の領域に行ってしまったのかぁ・・・」と、その後ろ姿に合掌するしか出来ないでしょう。

言うならば、同級生が10才のくせに、くわえ煙草しながら片手にカップ酒を持ってパチンコ台の前に座っているのを目撃してしまったランドセルを背負った下校途中の俺・・・みたいな心境なわけです。

「あいつ、長生きしねぇーだろうなぁ・・・」と、漠然と感じるところでは一緒なのです。

こうやって考えると、30代というのは非常にキャラが中途半端な年頃で居心地が悪いのです。

30代がすること

10年近く前、進化論的に言えばまだ人間になりきれていない類人猿だった頃、硬いタイル床の上で一晩中やってたら、ヒザをカッツカツ床にぶつけて傷だらけになってしまい、血の滲む両ヒザに絆創膏を貼って、足を引きずらないと歩けないほど痛手を負ったことがあります。

もう女の名前も顔も覚えていないが、しばらく足が治らずシャワーを浴びるのも大変だったことだけは記憶にある。

こんなの、まだな~んにも考えてない類人猿だった頃だから笑えた話であって、30才で両ひざに絆創膏を貼って足を引きずっていたら、ただの『ガツガツ感がうっとおしいおっさん』以外の何者でもないのです。

全く笑えないどころか、逆に気持ち悪いだろ。

俺にはもうそんな元気もないが、かと言って趣味を盆栽とゲートボールにするは早過ぎるのです。

同年代で同じ趣味の友達を見付けられるのか?甚だ疑問だし、そもそもが興味ないという点がネックになり、まだそこまで落ち着けない。

そうなると、30代って何したらいいの?って話ですよ!

30才で尾崎豊の歌詞に共感して『15の夜』に今の自分を映し出している奴がいたら、それはそれで気持ち悪いが、30才で吉幾三の『酒よ』を聴きながら居酒屋でチビリチビリひとり酒を飲んでいたら、それもそれで悲しさ倍増なわけですよ!

まぁ、個人の趣味だから別にいいんだけど。

30代の乗り物

七三でスーツ姿の30才のくせに、遠くを見つめながら「俺も学生時代はかなりワルかったからなぁー」とかほざいているのを聞くと、なんか痛々しい気分になるが、逆に30才のくせに現役暴走族で中学生たちに交じって改造バイクに乗っていたら、それもそれでかなり痛々しいわけです。

かと言って、30才で手押し車を押しながら歩いたら、おじいちゃんに見てくれるか?と言えば見てくれないわけじゃないですか? ホームレスに見られるのがせいぜいでしょー。

じゃぁ、三輪車なら許されるか?って言ったら、こぐのが大変だし、会社には遅刻しちゃうわけですよ。

結局、30才って何に乗ったらいいの?って話ですよ!

30代の歩き方

70才になったら足をプルプルさせるだけで、電車で席をゆずってもらえるというのに、30才で足をプルプルさせても生まれたての馬のマネをしている人としか見てくれないわけですよ。

5才だったらハイハイしてるだけでお姉さんが抱っこしてくれるのに、30才がハイハイしててもお姉さんは抱っこしてくれないわけじゃないですか? 「カワイ~イ!」とすら言ってくれない可能性が大ですよね。

以前、終電の山手線で「オエッ、オエーっ!」と涙目になりながら車内をハイハイしているおっさんがいましたが、周りの目は5才児を見る目とは明らかに違いましたからねぇー。

あれは「まぁ、かわいらしい」という目ではなく、軽蔑的な目でした。

じゃぁ、30才はどうやって歩けばいいの?って話ですよ!

難しい年頃になってしまいました。

いまいち30才というのがどういうものなのか?分かりません。

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