第25話に続く第26話。
前回はイスタンブールに1カ月半いた話。
今回はジョージア(グルジア)の話。

西に黒海、東にカスピ海。
北に大コーカサス山脈、南に小コーカサス山脈に挟まれた辺りにあるジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン、アルメニアの3カ国をコーカサス3国と言うが、その一番西にあるグルジアの話。
トビリシ
イスタンブールを発って42時間、グルジアの首都トビリシに到着。
現在はだいぶ改善しているようだが、以前はかなり治安が悪かった。
この旅でケニアのナイロビ以来久しぶりに「治安悪っ!」と思った町がトビリシだった。
特に夜は高確率でナイフを持った奴に襲われて金を巻き上げられる。
散発的に銃声が聞こえてくる夜もあった。
簡単に言えば、酔っ払いがナイフや拳銃を持って絡んでくる。
昼間から酒を飲んでる奴もいるにはいるが、やはり時間帯的に夜の方が酔っ払い出現率は高まるのでどうしても夜の治安は悪くなるという話。
そんなグルジアには1カ月滞在した。
トビリシ市内を流れるムツクヴァリ川沿いに5世紀に建てられたメテヒ教会。

旧市街には何軒ものハマムが密集する温泉街がある。

青タイルが特徴のオルベリアニ浴場は内装も雰囲気があって良いが、とにかくお湯がぬるい。

ロイヤル浴場は個室タイプ。公式サイトで内装が見れるが、ここも雰囲気は良い。

ハマム巡りするのもトビリシの楽しみのひとつだ。
沢山あるので、中にはブダペストのキラーイ温泉のように野郎同士でちんこをしごきあっているハッテンハマムもありそうではあるが、トビリシではそういうところには出会っていない。
ブダペストは入浴時全裸不可、トビリシでは入浴時着衣不可なので、トビリシの方がヤバそうではある。
個人的にはポセイドン浴場(現クイーンズ浴場)が湯加減が一番日本人好みで最も通ったハマムだが、残念なことにコロナ以降は営業していないようだ。
トビリシ市内の青空ガラクタ市。

誰が買うんだよ?!と思うようなガラクタ以外にも売られているものがある。

見た目はかなり怪しいが、ブドウ農家の自家製ワインや自家製ブランデーである。
グルジアワインはUNESCOの無形文化遺産にも登録されている世界最古のワインだが、とにかく安いし美味しい。市場では農家直販の自家製ワインを売っているのでよく買っていた。
街中にあるワイン屋さんにもよく行った。ここでも大瓶に入った数種類のワインを量り売りしていて、大体1リットル2ラリ(当時約135円)前後で買える。
色々と試飲させてくれて、気に入ったワインがあったらコーラの空きペットボトルに入れて持ち帰る。
1.5リットルのペットボトルを満タンにしても200円くらい…そりゃ、酔っ払って町を徘徊してナイフで人を襲ったり、拳銃をぶっ放したくもなるってもんだ。
温泉はある、飯は旨い、酒は旨い、治安は悪い…グルジア最高である。
南アフリカから日本に帰ってくる道中でどの国が一番飯が旨かったか?聞かれたら、迷わずグルジアを挙げる。
そんなグルジアには、政府の実効支配が及んでいない自称国家が二つもある。

“首都”をスフミとする自称アブハジア共和国。
“首都”をツヒンバリとする自称南オセチア共和国。
2024年現在はどちらもロシアからしか入れないが、南オセチア紛争が勃発する前はグルジアからも南オセチアには入れた。
南オセチア共和国
トビリシの西、約80kmのところにシダ・カルトリ州の州都ゴリがある。
交通の要衝ということ以外にゴリを説明しようとするなら…

ソ連の独裁者スターリンの故郷だということ。
スターリンはグルジア人で、ゴリの生まれだ。
2010年まではゴリに“我が町の英雄”スターリンの銅像が建っていたのだが、撤去されて今はもうない。
スターリン通り沿いにあるスターリン公園から撮ったスターリン博物館がこれだ。

写真手前の真ん中に建っているのがスターリンの生家。
立派に見えるが、貧相な生家を立派な建物で覆っているだけ。
Zysko serhii, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
そもそも本当に生家なのか?かなり怪しいが、一応はエイジング加工をしてあるので北朝鮮の金日成の生家よりはちゃんと演出上の配慮はされている。

金日成の生家はエイジング加工してないから新築モロ出しっ!!
えっ…生家って絶対ウソじゃん!新しくね?!と誰もが思うが、正直に感想でも言おうものなら粛清されそうだから誰も口にしないだけ。
その点、スターリンの生家はかなり怪しいながらもヴィンテージ風にはなっている。
そんなスターリンの故郷ゴリから、マルシュルートカ(ミニバス)に乗って自称・南オセチア共和国の首都ツヒンバリを目指した。
北に1時間ほど走ると、まずグルジア側の最前線があった。遮断機が道路を遮っていて武装したグルジア兵が立っていた。
ここを通過すると、今度はコンクリートの車止めが左右交互に道路を遮っていて蛇行しないと通れないようになっている中立地帯があり、ロシア軍主体の平和維持軍が展開していた。
最後に、土嚢を積み上げた南オセチア側の最前線があった。
グルジア(素通り)→平和維持軍(IDチェック)→南オセチア(素通り)で、思っていたより簡単に通過。
最前線を越えてすぐに町が見えてきた。
ほぼ廃墟の建物が多く「ホントに人が住んでるのかいな?」と思うほどガラ~ンとしている。通りを歩いている人も疎らで寂しい。
しばらく走ると、また遮断機があり装甲車が止まっていた。
ここもノーチェックで通り過ぎたが「けっこう検問が多いなぁ」と思いながらボーっとしていたら、マルシュルートカの運ちゃんが俺に話しかけてきた。
降りる場所でも聞いてるんだろうなと推測し「ヴァグザール(駅)」と答えると、運ちゃんはブレーキを踏み車内は騒然。
ん?とっくにツヒンバリを通り過ごしてる?!
あれ?“首都”っぽくなかったからスルーしちゃったけど、最前線を越えてすぐの町がツヒンバリだったのか?
運ちゃんを含む乗客みんなに「ここで降りて逆方向に行くマルシュルートカに乗れ」と言われ、降りてみた。
・・・えっ?ここはどこ?!
突然村に降臨した謎の東洋人に村人がワラワラと集まりだした。
色々と話しかけてくれるのだが、何も理解できん。オレの方は「イポーニェッツ(日本人)」、「ヴァグザール(駅)」、「マルシュルートカ(ミニバス)」の3単語だけで意思の疎通を図ろうとするも、当然のごとく全く会話にならない。
その内、村人の1人が携帯電話を取り出しどこかに電話を掛け始めた。
助けでも呼んでくれたのだろうか。
しばらくすると1台の車がやって来た。
「もしかして迎えの車かな?」と思ったのだが、車から降りてきたのは迷彩服を着て、目出し帽で顔を隠し、カラシニコフを持った屈強そうな2人組。
どちら様ですか?とは思ったが「車に乗れ」と言われ、大人しく彼らの車に乗り込む。この時点ではまだ「さてはツヒンバリまで送ってくれるんだな?」と楽観視していたのだが、すぐに違うことに気が付いた。
車は幹線道路を外れて寂しい景色が続く脇道を走っている。
明らかにツヒンバリには向かっていない。
目出し帽で武装した人たち…人気のないところに向かって走る車・・・今の状況を頭の中ですばやく分析した結果、結論が出た。
おわった。
人気のないところに連れて行かれて処刑されちゃうパターン?!と、この旅で一番ビビった。
どうしよう?後ろから運転してる奴の首を絞めたとして…逃げられるか?いや、もう一人いるから厳しいか…がっつり武装してるしな…ここはベタに命乞いをするか?とか、頭の中をグルグルと色々な考えが駆け巡っている間に車が止まった。
連れて行かれたのは、畑の真ん中にポツンとある建物。
ツヒンバリ駅ではないことは確かだ。
でも人気のない林の中が終着点ではなかっただけで何だかホッとした。
パスポートを取り上げられて別室で調べられている間、所持品チェックが入った。
沿ドニエストル共和国に行った時と同様、今回も万が一の場合を考えて必要最低限の荷物しか持って来なかった。カバンの中身は、歯みがきセット、トイレットペーパー、懐中電灯、コカ・コーラLight、イスタンブールで貰ったロシア語会話帳、コンパクトカメラ、所持金は1000円分の現金のみ。
一番偉そうな人がいる部屋に連れて行かれたのだが、とにかく自分がどこに行きたいか?を伝えなければ!と思い「ツヒンバリ」を連呼するが、その度に相手は難しそうな顔をして話は全く進展しない。
こういう時は相手を褒めちぎった方が好印象かしら?
と思い「南オセチア最高!ツヒンバリ大好き!絶対に行きたーい!」と心にもないことを口にして南オセチアを褒めて好印象を狙う。
褒めながら、ふとあることに気付いた。
眉間にシワを寄せながらオレの褒め殺しを聞いている一番偉そうな人の後ろの壁にかかっている旗…なんだか見覚えが…

こ、これはグルジア国旗!!
完全に混乱してしまった。
あれ?オレは確かに最前線を通過して南オセチアに入ったはずだが、壁にはなぜか南オセチアではなくグルジア国旗が掛けられている…ここはどこだ?!
南オセチア軍に捕まったと思い込んでいたが、この人たちは誰だ?
あれ?ここは南オセチア?それともグルジア?
おわった。
絶対に言ってはいけない相手に対して南オセチアを褒めちぎってしまった…
全然ツヒンバリに連れて行ってくれる気配はないし、こんなに褒めてあげてるのになんで険しい顔をしているのだろう…とは思っていたが、そういうことだったのか。
オレが南オセチア軍だと思っていた相手は、実はグルジアの警察だった。
警察と言ってもいわゆる“おまわりさん”ではない。
さて、イスタンブールで貰ったロシア語会話帳だが…
自称国家(紛争地)に行ったら捕まって取り調べを受けるというシチュエーションで使える会話例がひとつも載っていないことが分かった。全く役に立たない。
「私は決して怪しい者ではありません」という例文が載っていない!!
そもそもグルジアはグルジア語だが、旧ソ連圏における“国際語”は日本人にとっての英語みたいな感じでロシア語だったりする。片言の英語を話せる警官もいたにはいたが、どちらかと言えばロシア語の方がいいというだけであって、どちらも彼らにとっては母語ではない。
そんなロシア語会話帳をパラパラとめくっていた警官が、ある一文を指差し、次いでオレを指差してきた。
Я потерялся.(迷子になりました)
うむ、突然現れたこの謎の日本人はスパイなんかではなく南オセチアで迷子になった人という結論に達したようだ。
署長の判断でオレを迷子扱いにし、トビリシに強制送還させると言う。
豚箱かよ!?と思ったが、夜勤の警官用のドミトリーをあてがってもらった。
ドミトリーは暖房が効いてポカポカだしテレビもある。さらには夕食にハチャプリ(チーズ入りパン)をご馳走になった。
“連行されて取り調べを受けた”といっても、途中でオレの迷子が確定してからはお菓子やらお茶やら出てきて普通にゲスト扱い。
警官たちも、突然現れた珍客に色々と親切にしてくれた。
「写真を撮りたい」と言ったらポーズを取ってくれた。

こんな2人組に車に乗せられて幹線道路から逸れて寂しい景色の中を進んで行ったら、そりゃあドキドキするってもんだ。最初は何者なのか分からない状態だったから。
警察が持っているのはグレネードランチャーを装着したカラシニコフAK-74。
「お前も持ってみろ。写真を撮ってあげる」と言われて写真を撮ってもらったが、ついでに「撃っていい?」と聞いたら「戦争になるからダメ」と断られた。
翌日、パトカーで移動した後、トビリシ行きのバスに乗せられる。
ロシアのプーチン大統領の特大看板を町中に見ながらツヒンバリを通り過ぎる。町中にはロシアの国旗と南オセチアの“国旗”が並んではためいていた。陰気臭い雰囲気の町だ。
バスは乗り換えなしで終点トビリシに到着。運ちゃんに運賃を払おうとしたら「いらない」と断られた。
行った後で初めて知るのだが、南オセチアの中にはいくつか飛び地でグルジアの支配地域が点在していて、オレがマルシュルートカを降ろされたのはそんな飛び地のひとつ、ツヒンバリに最も近いグルジア側が支配するクルタ村だった。
四方を完全に南オセチア支配地域に囲まれている陸の孤島で、ひとたび武力衝突が起れば最前線になる場所だったらしい。
ただ、それも南オセチア紛争が勃発するまでの話で、オレが行った1年後に始まった戦争により南オセチア内に飛び地で点在していたグルジア支配地域は全て消滅した。そしてグルジアからは南オセチアに入ることができなくなった。
オレが一夜を過ごしたクルタ村(ქურთა)はゴーストタウンになっていて、マップ検索で航空写真を見ても警察署は跡形もなくなっている。
オレが泊まったクルタ警察署。

クルタ村の景色。

写真では見えないが、奥に南(左)のツヒンバリから北(右)のロシアへと続くオセチア軍道が走っている。
オセチア軍道と並行して東側にリアフヴィ川が流れているが、クルタ警察署はオセチア軍道沿いから離れた川の近くにあった。
結局オレは「南オセチアに行った」と言えるのか?悩ましい。
通過はしている。通過して知らずにグルジア支配地域に降り立って一泊しちゃって、翌日トビリシに帰されているので、実のところ南オセチア支配地域には一歩も降り立っていない。
ほぼ行っていないに等しいが、車窓でツヒンバリを眺めている。


