日本の若者は本当に海外に行かなくなったのか

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Newsweekでこんなコラムを読んだ。

【パスポート19%】「海外が怖い、関心ない」日本人に中国人の私から言いたいこと

要は「日本人は本当に海外旅行に行かなくなった。パスポート保持率は約19%。5人に1人も持っていないのだ。なんともったいないことか! 日本人はせっかくの『最強』パスポートを無駄にしている。海外旅行に行かない人は、ゆがんだ優越感を抱きがちだ」という内容。

ゆがんだ優越感?

ちょっと意味がわからないと思って全部読んでみたが、最後まで大したことは書いていなかった。

ビザの制約があるなかで、今は中国人のほうが旅行を謳歌しているのだ。ヒッチハイクや自転車で世界一周に挑戦している若者もいる。日本人は「旅行欲」を失ってしまったとしか言いようがない。

日本の若者たちを見ていると、海外への興味、留学や旅行への関心がほとんどないように思える。ネットやSNSから得た情報を基に「日本が世界で一番安全で良い国」だと信じ、「海外に行くのは怖い、行く必要はない」と考えている。

日本の若者は「日本が世界で一番安全で良い国」だと信じている(=優越感)から、海外に行かなくなった。そういう主張だった。

そうかな?

あと、それって優越感なのか?

オレにはオレの意見があるが、それは“日本人が”海外に行かなくなった要因か?となると反証可能性ありまくりなのは自分でも気づいている。

こういう時に思考の壁打ちとしてAIは適任だ。

なにやらAIに感情的な愛着を持つ人がいるらしいが、不思議だ。

オレなんか何の感情もない。壁であり、道具でしかない。

ちなみに「日本人が海外旅行に行かなくなった理由は?」と問われれば……

円安だからじゃね?

と答える。

ただ、それは外的要因のひとつとして間違いなくあるだろうけど、一旦置いておく。

Newsweekのコラム著者が考えている要因は「ネットやSNSから得た情報を基に『日本が世界で一番安全で良い国』だと信じ、『海外に行くのは怖い、行く必要はない』と考えている」からだそうだが、あまり納得できないから代わりの要因探し。

いくつか直接的ではないけど関連しそうなことも含めてオレの考える仮説を出して、それを他国との比較の中で検証しながら方向性を探ってみようかと。

けっこう色々な仮説を出して壁打ちをしてみたが、結論を先に言うと……

どれも反証が可能で、他国との単純比較もできず、よくわからなかった!

仮説をひとつだけ例に。

Newsweekのコラムを書いてるのって中国人なんだけど、今の中国の旅行熱ってかつての日本が辿った道であって「今は中国人のほうが旅行を謳歌している」とか言われても、まぁそうでしょうねぇ!という感想しかない。

要は、経済発展段階と旅行スタイルの相関。

非常に筋の良い着眼点だと思います。実際、日本自身の歴史がこの仮説を強く裏付けています。

日本の歴史的パターン

1964年の海外旅行自由化以降、当初は外貨持ち出し制限もあり、専ら団体パッケージツアーが主流でした。これは経済的余裕がまだ限定的で、かつ語学・情報インフラの不足を「団体」という形態で補う必要があったからです。高度成長期からバブル期にかけて所得が拡大すると、個人旅行(FIT)が広がり、さらに70年代末から80年代にかけて「アンノン族」(『anan』『non-no』読者に象徴される個人旅行志向の若い女性層)が登場、90年代には『地球の歩き方』的な自己流の情報収集による個人旅行が一般化し、96年の猿岩石(ヒッチハイクで香港からロンドンを目指す番組企画)がバックパッカー文化の一つの到達点として象徴的に語られる。つまり「団体→個人→バックパッカー・テーマ旅行」という順序は、所得拡大のカーブそのものと重なっています。

理論的に接続できる枠組み

これは経済学的に言えば、海外旅行が所得弾力性の高い「奢侈財」(需要の所得弾力性>1の財)であることの表れです。可処分所得が一定の閾値を超えると需要が急拡大し、逆に所得が伸び悩む、あるいは縮小すると、他の消費財より不均衡に大きく需要が落ち込む。これは前回の「円安」の議論とは実は別の経済的因果経路です。円安は短期的な価格効果(為替レート要因)ですが、こちらは長期的な所得成長曲線そのものの形状に依存する構造要因で、時間軸が異なります。

旅行スタイルの分化については、社会学的にはブルデューの「ディスタンクシオン(卓越化)」理論で説明がつきます。団体旅行が大衆化・コモディティ化すると、経済的・文化的資本を持つ層は同じ体験では満足せず、個人旅行、さらにバックパッカーやテーマ旅行という「他者と差異化された経験」を求めるようになる。これはマズロー的に言えば、安全欲求(団体旅行=リスク最小化)→承認欲求(個人旅行=自律性の誇示)→自己実現欲求(バックパッカー・テーマ旅行=個人的物語としての経験)という消費の高度化とも重なります。

東南アジア・中国への適用と含意

この枠組みを東南アジア・中国に当てはめると、非常に興味深い含意が出てきます。中国は1997年のADS(Approved Destination Status)制度による段階的な渡航先自由化以降、当初は团(団体ツアー)中心でしたが、2010年代以降、都市部の富裕層・中間層上位を中心に自由行(自由旅行)が急拡大し、現在は小紅書(RED)経由のテーマ性の強い個人旅行・体験消費が可処分所得上位層に広がりつつある。つまり中国は現在、日本が70〜90年代に経た「個人化」フェーズの真っただ中にいて、なおかつ人口規模の桁が違うため、団体・個人・テーマ旅行の3層が同時並存する「多層構造」になっている点が日本の単線的な発展史と異なります。

ここで重要な推論が導けます。もしこの発展段階モデルが妥当なら、日本の現在の「内向き化」は、経済停滞に伴う海外旅行への関心の消失というより、**この発展曲線を一通り完走した後の「成熟後の停滞・後退局面」**として位置づけられるということです。つまり今の日本の若者は「関心を失った」のではなく、そもそも所得が伸びる時代を経験していないため、旅行スタイルが高度化する原動力(所得拡大による奢侈財消費の押し上げ)自体が構造的に欠落した世代だと解釈できる。これは前回話した「国内代替充足」の議論とも整合します。国内で新規性・卓越化欲求を満たす手段(コンテンツ消費、国内の多様な体験)がある程度発達している社会では、所得が伸びなくても代替的に卓越化欲求を満たせてしまうため、海外旅行という経路を経由しなくなる。

逆に言えば、この理論が正しければ、韓国・中国も将来的に所得成長が頭打ちになれば、同様の「発展段階の完走後の停滞」に至る可能性がある、という予測も立ちます。実際、中国の富裕層内部では既に団体→個人→テーマ旅行という卓越化競争が進行しており、これは「まだ伸びている社会の中での早熟な成熟化」の兆候として観察できるかもしれません。

このあたり、スタンレー・プロッグの旅行者心理類型理論(アロセントリック/サイコセントリック、目的地のライフサイクル理論)を送出国側の人口構成に応用する形で、もう少し理論的に精緻化することもできそうです。

すげーもっともらしいのだが、たぶん答えにはならない。

日本はアジアの中においては発展段階モデル×旅スタイルの先頭をいっていたけど、アメリカや西ヨーロッパとも比較しないと答えにならない。

1960年代~70年代の欧米のヒッピー・トレイル(ヨーロッパからイランやアフガニスタン経由でインド旅)を考えると、日本と中国に20年くらいの差があったのと同様、欧米と日本にも20年くらいの差があった。

ということで、欧米とも比較してみたがどうにも条件が揃わない。

日本との比較対象として、長期実質賃金停滞経験国(イタリアやポルトガルなど)で検証してみるとか、韓国や90年代の東欧で検証してみるという話にもなったが止めた。

韓国や90年代の東欧なんて、検証するまでもなく単純に比較対象にならない。

こんな感じで色々と仮説を検証してみたが、納得できるような要因が見つからなかったので他国との比較をさっくり諦めた。

代わりに、日本の世代間での縦断比較(80年代バブル期の若者 vs 現在の若者)を見てみることにした。

そしたら答えが出た!!

世代内の縦断比較に踏み込むと、実は興味深い、そしてこの議論全体の前提を揺るがしかねないデータが出てきます。

バブル世代神話の崩壊

日経クロストレンドの分析によると、1980年代後半のバブル期における20代の出国率(出国者数に占める20代の割合ではなく、20代人口に対する出国率)は実は15%前後に過ぎず、これは2008年のボトム期(17.8%)よりもさらに低い水準です。1986年以前に至っては一桁%台。つまり「俺たちが若い頃は海外に行ったものだ」と語る団塊〜バブル世代自身が、実際にはデータ上、現在の若者以上には海外に行っていなかった可能性が高い。これは記憶バイアス(自分たちの世代を実態以上に国際的だったと美化する傾向)が、この種の言説の土台に混入していることを示唆します。

本当のピークは1996年、しかし人口動態要因も混在

出国率が最も高かったのは1996年(24%前後)で、これは第2次ベビーブーマー(1971〜74年生まれ)という人口の厚い世代がちょうど20代だった時期と重なります。つまりこのピークの一部は、若者の「意欲」の高さではなく、単純に20代人口の絶対数が多かったという人口動態的な要因で嵩上げされている可能性がある。ここは実数(出国者数)と率(出国率)を厳密に分けて見ないと、簡単に錯覚を起こす部分です。

さらに衝撃的なのは、2010年代の「回復」

nippon.comの記事によれば、2012年の20代出国率は23.4%、2017年には25.5%まで回復しており、これは1990年代半ばの水準にほぼ並んでいます。つまり少なくとも20代という年代に限定すれば、「近年の若者は海外への関心を失った」という命題自体が、直近十数年のデータでは必ずしも支持されない。むしろ「回復傾向」と評価する研究者もいるほどです。

コラム著者の「日本の若者は本当に海外旅行に行かなくなった」という言説。

ある意味で正しくて、ある意味で誤りだった。

人口構成が変化(少子高齢化)すれば、若者の実数は減るから海外旅行に行く人の数も減るよね!でも率でみれば減ってはいないよね!という話になる。

最終的に、こんな着地になった。

年代・性別・目的別に分解すると、「日本人が内向きになった」という物語がほぼ解体されます。

出張(業務渡航)の消失という、まったく別の要因

JTB総研の年報データによれば、コロナ後の回復局面(2022〜2024年)で最も回復が鈍いのは男性30代〜50代であり、これは「出張・業務目的の渡航」が主体の層です。そしてその理由として明記されているのが、リモート会議環境の整備により「海外出張は現地に赴く必要性に応じて行う」ようになったという、コロナ禍が生んだテクノロジー代替効果です。つまりこの層の渡航減少は、心理的な「海外への関心低下」とは全く無関係で、Zoomで済む出張はZoomで済ませるようになった、という極めて実務的・技術的な理由です。

これは重要な発見です。日本の海外渡航者数の中で、歴史的に男性30〜50代の出張需要は無視できない比重を占めていました(2019年データでも男性の出国者数のうち30〜50代が最大のボリュームゾーン)。この層がコロナを機に恒久的にリモート化した分だけ、国全体の出国者数・回復率の数字が下押しされている可能性が高い。つまり全体の「回復の鈍さ」の相当部分は、「世界への興味を失った日本人」ではなく、「Web会議で十分になったビジネスパーソン」の話だということです。

若年層、特に女性20代は一貫して最強

一方で、旅行平均回数で見ると、女性20代は2019年も2023年も一貫して全性年代の中で最も海外旅行頻度が高いグループです。コロナ禍を挟んでもこの序列は変わっていません。JTB総研の分析でも「20代以下で一人当たりの旅行平均回数の伸び率が大きい」「若年層における海外旅行への関心の高まりの表れ」と評価されている。つまり、Newsweekの記事が前提としている「日本の若者(特に今回の文脈では実質的に対象がぼかされていますが)は海外が怖くて関心がない」という物語は、少なくとも20代女性という具体的なセグメントで見る限り、データと正反対の方向を指しています。

全体の低さの正体

では、パスポート保有率19%・出国率10.5%という低い全体数字は何が作っているのか。ここまでのデータを総合すると、主犯は以下のように再構成できます。

第一に、高齢化による人口構成の変化。旅行性向が相対的に低い高齢層(特に後期高齢層)の人口比重が構造的に増加している一方、団塊世代が70代に入ったことで70代の出国者数自体は逆に増えているという捻れもあり、単純な「高齢化=旅行離れ」とも言い切れない複雑さがあります。第二に、男性30〜50代の出張渡航のリモート代替という、コロナが生んだ非可逆的な構造変化。第三に、人口減少そのもの(率が同じでも絶対数が減る)。そして第四に、旅行単価の上昇(近場化・短期化の進行と符合)という、これまで議論の外側に置いていた円安・物価要因です。

この探究全体の帰結

つまり、当初のNewsweek記事が提示した「日本の若者は海外が怖い、関心がない」というフレーミング自体が、年代・性別・渡航目的で分解すると相当程度崩れる。我々がこれまで検討してきた「情報充足による疑似体験」「国内代替財の充実」「発展曲線完走後の停滞」「出口オプションの不在」といった仮説群は、いずれも興味深い構造的示唆を持ってはいたものの、実は「存在するかどうか自体が疑わしい現象」を説明しようとしていた可能性があります。特に20代女性という、最も「今どきの若者」を象徴するはずの層が、実データでは最も海外旅行に積極的だという事実は、記事のレトリックそのものへの反証になっていると言えるでしょう。

最近の日本の若者は昔と比べて海外旅行に行かなくなった?

気のせいみたいです。

投げ銭Doneru

書いた人に投げ銭する

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