横浜散歩

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厳格なルールではないが、お散歩地点まで電車で行く場合は片道200円台で、となんとなく決めている。

お散歩なんて、交通費をかけてまで、遠出してまでするほどのものではないだろ?という考えなのだが……

今回、片道200円台では絶対に行けないくらい遠くまで歩きに行った。

中華街ということは……

そう、横浜である。

横浜中華街は有名だが、もちろん行っていない。

理由は単純明快。

あまりに人が多くて気持ち悪い。

今回は一人ではなく嫁と二人で横浜に行くことにしたのだが、「横浜でどこを散歩したいか?具体的に教えて」と聞かれたので、行く前に宣言した。

横浜散歩の目的は2カ所。

寿町と黄金町。

他はどうでもいい。

寿町は、大阪・あいりん、東京・山谷と並ぶ日本3大ドヤ街のひとつ。

黄金町は、違法風俗“ちょんの間”がひしめく売春窟として知られた町。

晴れ渡る青空の下、爽やかに夫婦二人水入らずでドヤ街と売春窟を巡る……

そんな今回のお散歩コースはこんな感じだ。

寿町をお散歩した後、中華街を通って赤レンガ倉庫に行って、馬車道を通って関内→伊勢佐木町→黄金町、日ノ出町と巡る。

横浜中華街の南西に隣接する寿町。

中華街はアホみたいに人で混んでいるのに、お隣の寿町はガラガラで穴場スポットだ。

中華街西門から最も近い寿町はラブホから始まる。

「休憩が2,200円だって!安っ!!」

と、夫婦で盛り上がる。

寿町1丁目はミニラブホ街だったが、どんどん奥へ、2丁目、3丁目と進んでいくとやはり少し雰囲気が違ってくる。

怒声が聞こえてきたので「おっ、盛り上がってる?!」と、吸い寄せられるように近づいて行く。

写真の建物はアジアビルという名前で、この裏が寿公園になっている。

ケンカしてるのかな?!と、目をキラキラさせながら寿公園に行ったのだが。

男が一人、一斗缶に八つ当たりをして暴れていただけだった……

相手がいないとケンカは成立しないから、なんだろ?

覚醒剤かな?

寿町3丁目で見かけた居酒屋、その名も『ブス子』。

2丁目と3丁目は、建物のほとんどが簡易宿泊所だ。

かなり年季が入ってる建物で昭和な感じがする。

『作業員募集 1日1万円~昼飯付き』というポスター。

なんの作業なのか教えてくれ!!

情報量が少な過ぎる!!あと、電話番号が携帯!!

違うポスターも見かけたが、1日1万円~が相場のようだ。

最近は訪日バックパッカー向けの宿も増えてるなんて情報もチラ見したけど、そうなのかな?

歩き回った感じではバックパッカーズ的なものは見かけなかったけど、唯一これかな?と思ったのがこちら。

Hostel Zenって書いてあるが、普通に簡易宿泊所。

寿町を歩き回っていて気が付いたことがある。

1泊1700円の簡易宿泊所の入居者募集ポスター。

これは全然違う簡易宿泊所のポスターだが、一番下の宿泊所名だけ違って、それ以外は全く同じフォーマット。

寿町においては競争原理は働いておらず、1泊1700円で談合してるんだろか?

なんで一律1700円なんだろ?と疑問に思って考えたのだが「あれ?もしかして?!」と思い付いて、AIに聞いてみた。

「横浜市の単身世帯の生活保護支給額を教えて」

答えは、住宅扶助(家賃)の上限は52,000円。

1,700円×30日=51,000円で、生活保護の住宅扶助額に収まる。

だからか?!と聞いたら、AI回答では「そう」らしい。

本来、生活保護の住宅扶助は「床面積」によって上限が変動します。

・15㎡超:52,000円

・6㎡以下:36,000円

寿町のドヤの多くは「3畳(約4.86㎡)」という極小な空間です。厳密に床面積のルールを適用すると36,000円が上限になるはずですが、簡易宿泊所という「旅館業法」上の施設である特性上、一般的な賃貸物件とは異なる算定(あるいは特別な運用)がなされ、結果として5万円近い金額が設定・支給されているという背景があります。

つまり、かつては日雇い労働者の街が、今は生活保護受給者の街になっていると。

もうひとつ寿町で目を引いたのが、デイサービスの多さ。

そう、“日雇い労働者の街”だったのは昔で、かつて日雇い労働者だった人たちは年を取り、もはや労働者ではなく生活保護を受ける年寄り。

今では、街ごと老人ホームになってる。車イスに乗って、デイサービスのスタッフに押してもらってる人を何人も見た。

あいりんや山谷もそうだがドヤ街の名残りで「寿町?治安が悪い」と言われるが、果たしてそうかな?

仮に絡んで来られても、そこら辺の道端に落ちてる物を拾ってフルスイングすれば簡単に勝てそうなヨボヨボの年寄りばっかりだぞ。

さすがに「治安が良さそう」とまでは言わないが、「悪い」ってことはないと思う。

治安を悪くできるまでの元気があるやつは寿町にはもはやいない。

ひとり、一斗缶と戦ってるヤバそうな奴がいたが、あれは多分特殊ケース。

「写真撮影できる雰囲気ではない」とか「写真を撮るとトラブルになる」とかもよく聞くけど、果たしてそうかな?

さすがに人は撮らないようにしたが、オレが建物とかを撮ってるのを皆に見られてたけど誰からも何も言われていない。「おいテメエ、なに撮ってんだっ!?」とか言えるくらいの元気もなさそうだったぞ。

デイサービスの多さも公金が絡んだ何か裏がありそう!と思って再びAIに聞いてみた。

デイサービス運営の主な収入源は、国や自治体から支払われる「介護報酬」です。

集客コストの低さ:狭いエリアにターゲットが密集しているため、送迎コストが極めて低く抑えられます。

住宅扶助とのコンボ:住民は「住宅扶助」で宿(ドヤ)を確保し、「生活扶助」で食いつなぎ、介護が必要になれば「介護保険(自己負担分は生活保護の介護扶助でカバー)」でサービスを受けます。

事業者側から見れば、「利用者の自己負担が実質ゼロ=未回収リスクがゼロ」であり、かつターゲットが半径数百メートル以内に数百人単位で住んでいるため、極めて効率の良いビジネスが成立するのです。

AIいわく、「労働が死に、福祉が生きる街としての寿町の質感は、まさに現代日本が抱える矛盾の縮図のよう」だそうだ。

そうかな?これは矛盾なのか?とは思うが、いずれにしても今の寿町は「日雇い労働者のドヤ街」ではなく「生活保護の年寄りばかりの街ごと老人ホーム」だった。

寿町から中華街を素通りし、町中を通って赤レンガ倉庫を目指す。

途中、バロック様式の建物(旧露亜銀行横浜支店)の並びに、同じ様に立派な建物を発見。

HAPPY SCIENCEって書いてるぅ!!

日本が誇る2大ハッピー(ハッピーターンとハッピーサイエンス)のひとつ、幸福の科学みっけ。

「主エル・カンターレの愛を伝えよう」

嫁が「行ってきていいよ。私は待ってるけど」と言ってきて、ちょっと迷ったが今回は中に入らないことにした。

桜餅を出してくれなさそうだから、という理由ではない。

今回は幸福の科学ごときに時間を使うのはもったいない、という判断。

赤レンガ倉庫は恐ろしいほど人がたくさん。

フリューリングスフェスト2026」なるイベントが開催されているせいだ。

ドイツビール?

ビールって何ですか?ということで、ヴァイエンステファンのIPA(1600円)とピルスナー(1400円)だけ、社会勉強として飲んだ。

寿町で1泊分は、赤レンガ倉庫で1杯分。

みなとみらいを横目に……

馬車道……

伊勢佐木町……

と、ひたすら歩いたらなぜかタイに着いた。

やたらとタイマッサージ屋とタイ飯屋があって、歩道でタイ人の女の子たちがおしゃべりしてた。

ここなんて、ビル丸ごとタイ。

地下1階は『スクンビット89』という名前の店らしいが、何の店なんだろ?

っていうか、89?!

スクンビット通りはバンコク都心のソイ1から始まる幹線道路で、スクンビット自体はカンボジアとの国境まで続く。

55(トンロー)とか63(エカマイ)はまだ“都心”で飲み屋もたくさんあるが、89?!

89なんかマジで何もない。

タイの自宅がソイ89にあるとかそういう理由なのか?

気にはなるが、どうせ大して面白くもない店だろうから忘れよう。

さて、黄金町と言えば『ちょんの間』がひしめく違法売春窟。

ちなみに、ちょんの間スタイルで有名かつ日本最大は大阪の飛田新地。

飛田新地の場合、店側はあくまで「料亭」として営業していて、女性は「仲居」という扱い。客は「飲食代」を支払い、仲居と「自由恋愛」の末に奥の部屋でセックスしちゃう、という建前でやってる。

建前上はグレーってことになってるが、実態は違法。

ま、細かいことはどうでもいいが、横浜黄金町も町名自体に負のイメージがかなり強いのは事実。

あれ?!

ぜんぜん怪しい雰囲気がない!!

普通だ。

建物には“ちょんの間”感はすごくあるが、事務所とかアートギャラリーとして使われているようだ。

間口がやたら狭くて、1階で客引き、2階でちゃちゃっと違法営業する店がずらーっと軒を連ねる……

どう考えても“ちょんの間に適した”長屋スタイルだが、中身が違う。

オーガニックにこだわったお洒落な店はあったが、怪しさのポテンシャルを秘めたような店は1軒も見つけられなかった。

あれ?と思って、今さらながら調べてみた。

横浜黄金町のちょんの間は、2005年(平成17年)に警察の徹底的な取り締まりによって壊滅・消滅しました。かつては「日本三大ちょんの間街」の一つに数えられるほどの大規模な色街でしたが、現在は「アートの街」へと完全に姿を変えています。

2005年?!

20年も前に滅びてたっ!!

24時間体制のパトロールと徹底した摘発で、当時250軒あったちょんの間は全滅。

ちょんの間の店舗(特殊な狭小物件)は壊さず、若手アーティストの工房やギャラリー、カフェとして再利用してるんだとか。

いつの時代の話だよ?という情報でイメージを形作ってしまっていたが、黄金町はまったくもって怪しい街ではなかった。

ただ、“アートの街”として成功してるか?と言われると、歩いて見て回った限りでは成功してるとは思えない。空き家が目立って、明らかに過疎ってる。

寿町も黄金町も、今回お散歩をしてみてイメージが刷新された。

この日、12,850歩、10.5kmを歩いた。

投げ銭Doneru

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