ブルガリアのチャルガについて書いたから、最近のルーマニアについても書いておくか。
10年…いや、15年くらい前まで、ルーマニアはダンス・ポップスを輸出する供給地だった。
当時は“ポップコーン”と呼ばれたルーマニア産ダンス・ポップスにはいくつか特徴がある。
まず、①英語歌詞、②キャッチーなサビ、③4つ打ち、④サックスやアコーディオンなど生楽器を使ったバルカン風旋律の組み合わせ、など。
当時のポップコーンらしい曲としては、Sasha Lopezの『All My People』とか、
Tom Boxerの『Deep In Love』とか、まさに特徴を備えた曲。
このブームの中で、INNAやAlexandra Stanといったスターが世界でも人気になったけど……
2010年代半ば頃までに、音楽ジャンルとしての“ポップコーン”は衰退。
今のルーマニアの音楽は、グローバル寄せと、ローカル回帰の二極化に。
Minelliの『Rampampam』は世界でバイラルヒットしたが、グローバルに寄せることでルーマニア臭さは薄まった。
いや、全然いいんだけど……音だけで言えばルーマニアである必要性なくない?
調べたら、Sasha Lopezは今も活動しているみたいだが、“ポップコーン”時代のわかりやすさはないものの進化していた。
逆にオリエンタル感を増していてオレはいいと思うが、残念ながらもはや主流ではない。
かつて一世を風靡したMorandiも最近復活している。
ルーマニアの民族楽器ナイ(パンフルート)の音色を入れてくる辺りが「ルーマニア感を出していい」と思うけど、残念ながらこういうスタイルの音はもはや主流ではない。
ルーマニア臭さがなくなったらつまらなくない?と思うものの、今は流行りではない。
そうなると、ヨーロッパ版紅白歌合戦の『ユーロビジョン』には、ルーマニア代表はどんな曲で乗り込むんだろ?と思って調べてみたら……
まさかのメタル?!
しかもカッコいいという。
さて、今のルーマニアの音楽はグローバル寄せと、ローカル回帰の二極化になってると書いたが、国内市場を席巻しているのはローカル回帰。
マネーレである。
バルカン・ポップフォークが、ブルガリアではチャルガ、ルーマニアではマネーレ、セルビアではターボフォークのようにジャンルの呼び名は違えど、どの国でも基本的に「低俗な音楽」扱いされるのは共通だ。
そんな低俗な音楽マネーレが、今はルーマニアの音楽ヒットチャートで上位を独占するほど人気になっている。
トラップ・ミュージックと融合したバルカン・トラップという音が主流になっているのはマネーレも例外ではなく、トラップ+マネーレで『トラパネーレ(Trapanele)』と呼ばれる新ジャンルが今の流行り。
その前に、かつてルーマニア国内でまだポップコーンが流行してた頃のマネーレを一曲。
今ほどの人気はなかった頃のマネーレって意味。
「高級車に乗って、大金を持って、まるでボスのように着飾って、今夜は男らしく遊びに行くぞ!さあ、踊れ、踊れ!金はオレが全部払う!好きなだけ遊べ!」
成金&女遊びを前面に押し出したパーティー・ソングで、まさにマネーレらしい曲。
レゲトン風なのは当時からの流行り。
一方、最近のマネーレ曲。
トラパネーレが流行りと言いながら、この曲はトラパネーレではないマネーレだが、ルーマニアの国内ヒットチャートで上位にランクインしたヒット曲だ。
トラパネーレではないので808ベースの重さはないが、曲の長さが2:40と短尺でTikTokなどSNSを意識した作り。
「Jap, Jap…」と反復するフックと、軽いクラブビートがヒットの要因。
『Două Stickere』という曲タイトルは、「2枚のステッカー」という意味。
歌詞の「Jap, Jap」は擬音で、日本語だと「ペタペタ」みたいな感じか? 女の身体にステッカーをペタペタと貼りたいという歌だ。
どういう歌か?と言うと……
「女を踊らせて、それを見て欲情して、自分のものにしたいから、「オレのものだ」と女の身体に印を貼ろう!ペタペタ!オレの所有欲と自尊心が満たされるぅ〜♪」
この時代に、なんちゅう露骨な歌詞!!
日本だったら社会的袋叩きに遭うこと必至。
さすが低俗!!
バルカン・ポップフォークは、どの国でも基本的に「低俗な音楽」扱いされるのは共通と書いた。
ただ、なぜ低俗なのか?となるとそれぞれ微妙に違う。
ブルガリアのチャルガの場合、特に女性性の商品化とか、整形美(チャルガ歌手は顔改造と豊胸しがち)、成金趣味、反教養、オリエンタル性が対象だ。
ジェンダー的な低俗さは、もう仕方がない。
だって実際に「セックスしたい」とか「私の中に入ってくる」とか「私と何回やりたいの?」とか歌ってたりするわけだから。
友達と集まって「あー、セックスしてぇ~」って話題になるのは全然いい。
でも、もしその友達が「この素直な気持ちを歌にして世に出します!」とか言い出したら、オレなら「やめれ」って止める。
「あー、腹減ったぁ~飯食いてぇ~」を歌にするようなもので、性欲だろうが食欲だろうが己の剥き出しの欲求をそのまま歌にして世に出そうとするんじゃねぇ。
セルビアのターボフォークの場合、90年代のミロシェビッチ体制で政治利用された経緯があるので、セルビア民族主義の負の側面、戦争、マフィアといった悪イメージの呪縛から未だに逃れられない。
90年代のユーゴスラビア紛争があり、経済制裁があり、世界的孤立があり、貧困がある現実。
でも、テレビの画面には派手でセクシーな女、金、酒、英雄、母性がある夢。
戦時ナショナリズムの道具として国家がメディアを使ってターボフォークを政治利用したと。
ターボフォークのスターにして「セルビアの母」、Ceca(ツェツァ)がわかりやすい。
彼女は、ただの歌手じゃない。
ターボフォーク界最大のスターで、セクシーな女性であり、母性の象徴。
そして夫のアルカンは、マフィアで、民兵組織のリーダーで、戦争犯罪人で、“民族の英雄”。
ターボフォークが持ってる矛盾を一人で体現してる。
だからセルビアでは、90年代の悪趣味、民族主義的、反教養的という文脈で低俗。
そして、ルーマニアのマネーレ。
ルーマニアでマネーレを低俗扱いする時、下品だからというのもあるが、ロマ(ジプシー)的だからというのが大きい。
でも、マネーレ人気はあるという矛盾。
Boos for Roma singer at Coldplay show in Bucharest reignite Romania’s racism debate2024年、イギリスのロックバンドColdplayがブカレストでライブをした。
ライブで、Coldplayはマネーレ歌手ババシャを招待してデュエットを披露。ところが、ババシャの登場に5万人の観客が大ブーイング。2人の歌声は野次でかき消されて聞こえなかった。
ババシャが個人的に嫌われているとかではない。人気マネーレ歌手だ。
マネーレに対するルーマニア人の感情が可視化された瞬間。
ルーマニアでマネーレは人気はあるけど嫌悪もされているという大いなる矛盾は、ロマに対する差別感情だけで片付けちゃうと説明できない。
たぶん、ロマに対する差別感情+自己嫌悪がミックスした複雑な感情。
自分たちはヨーロッパ的で、ラテン的、という自負がある。それがアイデンティティで、自分たちは周りのスラヴ系のバルカン諸国みたいな田舎の“東欧”とは違って、洗練された“中欧”だぞ!と。
でも、実際にはルーマニア文化にはがっつりバルカン文化の血が流れていて、“ロマ的”で“バルカン的”で“オリエンタル的”なマネーレなのに、すごくしっくりきちゃう自己嫌悪。
しっくりきちゃうんだけど、自文化として認めちゃうと“非ヨーロッパ性”を認めることになるから、ロマ的音楽として外部化しちゃうことで自己像をむりやり保ってる。
マネーレの否定が自己像の肯定になってるみたいな。
あくまでオレの推測だが、あながち大きく間違いではないと思う。
伝統的なバルカン・フォークは、そもそもロマなくして成り立たない音楽だが……“ポップフォーク”となるとメディアを使ってアイコン化されている部分がある。
作られたスター。
チャルガは金髪セクシーなブルガリア美女が、ターボフォークは金髪セクシーなセルビア美女が表向き目立っているが、マネーレだけはロマ男性が目立っているというのも興味深い。
バルカン・ポップフォークを内部化して“自分たちのセクシー美女”をスターに仕立て上げた国と、あくまで「あれはロマの音楽」と外部扱いし続けた国の違い。
東欧研究してる学生とか「対ロマ感情を主軸にしたバルカン・ポップフォーク相互比較」で論文を書いたら面白いと思う。
ポップフォーク自体の比較論とかロマ研究はけっこうあるが、意外と隙間のテーマかと。
対ロマ感情にフォーカスすると「なぜマネーレだけがここまでロマ性を背負わされて、社会的承認が不安定なのか?」という問いに対する答えが比較論の中から見えてくるかも。
相互比較にハンガリーも加えると面白そう。
ルーマニアやセルビアとも国境を接しているハンガリーにも、同じようなポップフォークであるMulatós(ムラトシュ)がある。低俗扱いもされる。でも、ロマと結びつけて低俗扱いするわけじゃない。
バルカンを内面化しているブルガリアやセルビア。
中欧を内面化しているハンガリー。
中欧とバルカンの境界にいるルーマニア。
この3パターンの比較で見えてくるものがありそう。

